蜂のワルツ




とある山の中腹にある草原には花が咲き乱れ木々も生い茂って自然に満ちた場所であった。
そこには真っ白なワンピースを着たセミロングの髪の可愛らしい少女が花や虫や動物達と戯れている。
あたかも妖精かのようにワルツのステップを踏む姿は実に美しい
そんな自然の楽園に破壊者達が近づいていることを少女は知る由も無い。

「ガハハハハ!!何言っとるだオメーよぉ!!」

下品な笑い声がどこからか聞こえた少女ははっとして下りの山道の方向に視線を向けると
楽園には不釣合いのところどころ汚れた土木作業用のツナギを着た男達が姿を現す。

「おーし、では始めんべさー!」

集団のリーダーと思われる男が掛け声を上げると男達は手に持っていたツルハシやシャベルなどを
振りかざし楽園を破壊していく。
木々はチェーンソーによってなぎ倒され、花はその美しさを蔑ろにされるかのように
土とともに掘られて一緒くたにされる。そして虫達は木や花の巻き添えにされ殺されていく。
巣も卵も全て殺されていく。動物達は一目散に山を登り避難していき難を逃れていた。
そして少女はこの惨劇にただ愕然としたまま見ている事しか出来なかった。
作業着の男の1人が少女に気づくとツルハシを肩に乗っけたまま近づき声をかける。

「お嬢ちゃん、何してんだこんなとこで?危ねからとっとと家に帰るべさ」

「あなた達は、あなた達は一体何をしてるんですか・・・」

「見りゃ分かるべ?ココで建築工事をするからその地ならしだぁ。
 さ、わかったら帰るべさ」

少女は男の言葉に衝撃を受け何とか止めさせようと男の手を掴んだ。

「何すんだ!!仕事の邪魔すんでねえ!!」

大声を上げた男は少女を薙ぎ払って作業を再開しようとしたが、少女は何としても
止めようと再び手を掴もうとした。

「こんのガキ、いい加減にするべさ!!おーい誰か、このガキをここから追い出してまえ!」

「ういっす〜」

若い茶髪の男が少女を無理矢理抱きかかえると楽園から追い出すために山を降りて行く。

「放して・・・。放して下さい・・・・・」

少女のか細い声に茶髪の男はすぐには気づかなかった。

「放して・・・。放して下さい・・・・・」

「ん?悪いけどおやっさんの命令なんで近くの山小屋まで連れて行くから」

「嫌です・・・。私はあそこに戻るんです・・・」

「あんたみたいな可愛い娘があんな何も無いトコで遊ぶより街で遊んだ方がよっぽど
 いいって。お、山小屋が見えて来たな。じゃあここまでだな。
 夕方まで工事するからそれまではココにいな。じゃあな」

そう言うと茶髪の男は少女を降ろし再び山を登って行った。
その時、少女の美しい瞳にうっすらと憎悪の炎が浮かんでいた事に
本人も男も気づく由は無かった。





日が暮れて男達が楽園から戻って来るのを確認した少女は自分自身の全力で山を登る。
息も切れ、か細い足が悲鳴を上げつつも必死で進んで行く。
そして楽園に辿り着いたがそこは楽園と呼べる姿では無かった。
杭と粒子鉄線で関係者以外を奥に侵入出来ないようにするだけでなく、無残にも引き抜かれた
花々が男達の出したゴミとともに纏められ、薙ぎ倒された木は全ての枝を切られてしまい丸坊主に
なってしまっていた。

「酷い・・・。酷すぎる・・・」

少女は涙した。
大粒の涙が少女の顔を流れていく。
まるで自分の半身をメチャクチャにされたかのような感情に襲われた少女は
あの男達への憎しみで心が埋め尽くされていく。

「許せない・・。許せない・・・・・・」

悲しみの涙が憎しみの涙へと変わり少女はしゃがんで足元にいた蜂の死骸を
優しくすくい上げた。そして大粒の涙が蜂の死骸に落ちた時、少女の心に何者かが侵入した。
すると少女は突然気を失い、地面にそのまま倒れてしまった。




『泣かないで・・・。泣かないで・・・』

少女が気づくとそこは破壊される前の楽園だった。
だがココは現実の世界ではない。
少女の心の中に記憶として残る楽園の姿だった。
そして聞こえてきた女性と思われる声に辺りを見回すと誰もいない。
一通り見回すと目の前に先ほどの蜂が微かな羽音と伴に飛んでいた。
無論、死骸ではない。

『ありがとう。私達のために泣いてくれて。いつもあなたの事は見ているわ。
 優しい人間の少女・・・』

「あなたは一体誰なの?」

『私はこの辺りの蜂達を統べる女王蜂・・・。だけどあの愚かな人間達の愚業によって
 私も下僕達も死んでしまった・・・。憎い、憎い・・・』

「あの人達は人間の中でも酷い人達。人間全員があんなだなんて思わないで・・」

『あなたのような人間がいるなら人間全てを憎くはないわ・・・。
 でも我等の楽園を破壊し、我等の命を奪ったあの人間達だけは許せない・・・』

「それは私も同じ・・・。あんな事をする人達は人間じゃない」

『ありがとう優しい少女・・・。
 でも私は死んでしまったからあの人間達に復讐できないわ・・・。
 もしあなたが私の代わりに復讐を遂げてくれるならそのための力をあげる・・・』

「でも・・・」

『何も怖がらなくていいわ・・・。あなたに人の姿を残しつつ蜂の能力をあげる・・・。
 復讐さえしてくれれば私は本望よ・・・・・・』

「わかったわ・・。でも人を殺すなんて出来ない」

『大丈夫・・・。彼等には死なずに永遠に苦しむ毒を刺すの。
 それが私の望む復讐・・・』

「それなら私でもやれる・・・・」

『ありがとう。心優しき少女・・・』

そう言うと蜂は青白い光を放ち少女と楽園を包み込んで消えてしまった。
同時に少女は再び意識を失った。




更に時は過ぎ、一切の音がせず真夜中の破壊された楽園に少女は眠っていた。

「ん・・・。夢・・・?」

ゆっくりと少女は起き上がると月の光だけが照らす楽園に佇む姿は女神のようであったが
破壊された楽園の様子には不釣合いといえた。
少女は自分の姿を確認したがワンピースが汚れているだけで何も変わっていなかった。
やはりただの夢であり、楽園を破壊した者達への復讐を遂げられない事に深く
沈んだ少女はゆっくりと何処かへ歩き出そうとしたその時だった。

「ひぃやぁぁ!」

突如起きた体の異変に少女は思わず悲鳴をあげてしまう。
両腕の皮膚の色が少しずつ少しずつ青みをおび始めると全身に広がっていき数分後には
顔はほのかに青白い程度であり、全身は鮮やかな青色に染まっていた。
この変化に驚いた少女は自分が夢の中で女王蜂と約束したことが夢でも何でもなく
真実である事に気づかされた。
私が女王蜂や楽園の者達に代わってあの男達に復讐を果たさなくてはいけない。
それが私に力を与えた女王蜂との約束なのだから。
そう思った時、更なる変化が少女の身に起こった。
額に妙な感覚を憶え、ムズムズと何かが生まれ出るかのような感覚に少女は声にならない
悲鳴をあげる。

「・・・・・んあっ!!あぐ、うああ・・・」

ゆっくりと額に2つの突起が生え始めるとその突起は瞬く間に額から伸びて
昆虫の持つ触角が少女に生まれた。
すると今度は背中に似たような感覚が走る

「うあ、うあああぁぁぁ・・・・・」

少女は思わずよつんばいになるとワンピースの後ろから何かが飛び出ようとしていた。

「ああぁう!」

ワンピースから2枚の薄い羽が飛び出すと少女はゆっくりと立ち上がった。
そして羽と触角が自分自身の意思で操れる事に気づき何とか動かそうと
考えると、ピョコピョコと触角が反応し羽もビィィィンと羽音を発しながら
空を飛ぼうと動き始めた。だが空を飛ぶという感覚がわからない少女は何回も
飛び上がろうとジャンプするだけで飛ぶ事が出来ない。
と、足に何かが当たるとそこには蜂の頭部をイメージして作られ、
目を隠すためのヘルメットのような仮面が置いてあった。
起きた時には無かったはずなのにそれは女王蜂の少女へのプレゼントだった。
何の迷いも無く少女が仮面を被った姿は蜂と人との融合した姿と例えるのに相応しかったが
唯一残っているワンピースだけが人間である事を判別出来るモノであった。
すると、突如頭の中に羽を使って空を飛ぶイメージが浮かび、そのイメージ通りにすると
少女の身体がゆっくりと浮かび始めて瞬く間に楽園の遥か上空へと舞い上がった。

「凄い・・・。ふふふ・・・、何て素敵なの・・」

少女は上空でゆっくりとワルツのステップを踏み踊り始める。
その姿をどこからか見た者はきっと少女の事を天使か妖精かのように思うだろう。
しかし、少女は楽園を破壊した男達に復讐する事を女王蜂と約束した堕天使でしかない。
しばしの間踊りつづけた少女にどこからか夢の中で耳にした女王蜂の声が聞こえてきた。

『どうかしら?今のあなたならあの男達に毒を与えられる。さあ、行きましょう』

「でも、何処にいるかわからないわ・・・」

『大丈夫よ・・・。私にはわかる。愚かな人間達が住む場所が・・・』

「わかったわ。でもあなたはどこにいるの・・・?」

『私はあなたの中にいる』

「そうなんだ・・・」

『さあ、行きましょう。復讐を果たすために』

少女はステップを止めると羽を広げて飛んで行く。
闇を駆け、月の光を背に飛ぶ姿はまるで蜂そのものだった。





楽園のある山より数Km離れた所の広い土地内にシャベルカーやダンプなどの重機や
従業員が寝泊りするプレハブなどが点在している場所、そこが男達の会社であった。
工事の初日を終えたからかプレハブでは照明が点いたまま、男達が酒を飲みかわし
宴会を開いているようだがそこに復讐者が迫っている事に気づく者は誰一人いなかった。

「ここにあの男達がいる・・・」

『ここまで来て聞くけど本当に大丈夫?復讐出来るの?』

「ええ、できるわ。私達の楽園を破壊したなんて許せない・・・」

『うふふふ・・・。ありがとう心優しい少女』

上空から見ているとプレハブ内から1人が出て来て車に乗ろうと駐車場に向かっていた。

『まずはあの人間から・・・』

「でも、どうやって毒を与えるの?」

『あなたの額に生えた触角を抜いてみなさい。安心して、痛くないから・・・』

「う、うん・・・」

少女は触角を握ると精一杯の力で引き抜いた。
確かに女王蜂の言う通り全く痛くはなく、新たな触角が生えようとしている。
すると触角は少女の手でしなっていたのだが突如、針のように先端が鋭くなり
金属質になるとまるでサーベルのような剣へと形を変えた。

「凄い・・・」

『これがあなたの武器。これで切りつければ毒がすぐに身体を蝕むわ。
 さあ、いきましょう』

「ええ・・・」

サーベルを握り締め微笑を浮かべた少女は急降下すると男の目の前に立つ。

「な、何だべ、アンタ!?どこから出てきたんだあ!?」

その男は少女が昼間に楽園の破壊を止めようと腕を掴んだ男だった。
男には目の前の少女が昼間の少女とは同一人物とは気づくはずもなく、怪しい容姿の
少女にただただ驚く事しか出来ない。

「許さない・・・」

ただその一言を口にした後、少女はサーベルを振りかざし男の腹を切りつけた。

「ぐ、ぐうえええ!!」

ズバっと切りつけた音がした後に男が鈍い悲鳴を言った後に前に倒れこんだ。
深く切りつけてはいないようで血は流れない。
だが日焼けで黒々としていた皮膚がゆっくりと黄色く変色していくのに
少女は気づいた。

「ねえ、この人はこの後どうなるの・・・?」

『皮膚の変色が終えれば体に毒が回りきった証拠。
 そしてこの男は死ぬまでもがき苦しむのよ』

「という事は私がこの人を死なせたって事なの・・・?」

『あなたが気を病む必要は無いわ。私達の楽園を破壊した者には当然の報い。
 さあ、次はあそこで寝ている間抜けな人間よ』

少女の視線の先にはダンプカーの運転席でいびきをかいて熟睡していた男がいた。
羽を広げてダンプカーのフロントガラスの前まで飛ぶと飛行状態のまま、
そこからサーベルを男の腹へと軽く突き刺す。ガラスを突き破り破片が運転席の
飛散したが男は悲鳴を上げる事無くグッタリとうな垂れた。

『ふふふ・・、順調ね。あら?あの建物からまた出てきたわ』

携帯電話を操作するために出てきたようで、男は誰かと通話中のため少女にも
外での惨劇に気づいてはいない。
少女は羽音とともに低空飛行で男へと接近するとサーベルで切りつけようとしたが、
間一髪で男が気づきとっさで投げつけた携帯電話が少女の顔に当たった事で難を逃れた。
あの時、少女を無理矢理楽園から連れ出した茶髪の男だった。

「な、何者だよアンタ!あれ?そのワンピースにその髪・・・。まさかあの時の娘?」

少女は態勢を整え立ち上がるとゆっくりと口を開いた。

「そうよ。あなた達のせいで楽園を失ったの・・・。許さない、許さないわ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ。俺達だって依頼された仕事だからしただけだ。
 あんたに恨まれる憶えはねえよ」

『だからと言って許す事は出来ない・・・。さあ、やるのよ』

女王蜂の命令に従うかのように少女はサーベルを強く握り一閃で男の身体に斜めに
長くやや深い傷を負わせた。

「ぐぅわぁ!!な・・、そ、んな・・・・」

傷口は思いの他深く、赤い血がバッと噴出すと男は苦悶の表情のまま倒れ毒が回る前に
そのまま死亡した。男の血はわずかながら少女のワンピースに降りかかり赤い水玉模様を作り出す。。
その様を見た少女は自分の行っていた事の意味を知ってしまった。

「死・・・・・死んだの?」

『どうやらちょっと傷口が深かったようね。でも死ぬのが少し早くなっただけ。
 あなたが苦しむ必要は無い』

「でも・・・。私が、私が殺した・・・」

少女は握っていたサーベルを思わず落としてしまうとその場にうずくまり
動かなくなってしまった。自らの所業に後悔したのか男の死に様を見て
混乱したのか、少女の心の中で葛藤が始まる。

『どうしたの?心優しい少女。さあ、残りの人間達も始末してしまいましょう』

「嫌・・・、もう嫌・・・」

『ここまでしたら、あなたはもう人間には戻れないわ。もう私と同じ蜂なのよ』

「私が蜂・・・?」

『そう。その羽と触角と肌の色がその証拠。あなたは人間じゃない。
 蜂になるのよ・・・』

「蜂・・・」

『だから、あなたがあの人間達を殺すのは、種を守り楽園を守るために当然のこと』

「うふふふふ・・・。そうか、私は蜂・・・。蜂ならば種や巣を守るために外敵を抹殺する」

『そして種の繁栄のために生きるのよ・・・』

するとプレハブから何人もの男達が悲鳴を聞きつけ出てきた。

「なんだ、なんだ、どうしたんだぁ!?」

「うへえ!若造が死んどるぞ!!だ、だ、誰が殺したんだぁ!」

「おい!!あの奇妙な女が殺ったんでねーか!?」

男達が少女の存在に気づくと一斉に駆けより問い詰めようと群がると、
呼びかけに答えるかのように再びサーベルを握り締めて立ち上がる。

「お、おい。あんたがやったんか?」

1人の男が少女に問いかけると一歩ほど近づいた時、男の胸に少女のサーベルが
突き刺さっていた。

「ぐえ・・・・」

血塗られたサーベルを男から抜くと少女は口元に微笑を浮かべ、刃に付着した血をペロっと
舐め取る。その行いに恐怖した男達は声を掛け合うこともなく自らの命を守るために
一斉に少女へと襲い掛かった。
そして数分後・・・。


立ち尽くす少女の周りには男達の死体が散乱していた。
どのような殺戮が行われたかは少女にしかわからないが純白のワンピースが
全て真っ赤に染まっていたこと、それがいかに凄惨だったかを表すだろう。
すると、少女は邪魔になったのかワンピースも下着も破り捨て自らの裸体を露にした。
そこには両胸に黒と黄の同心円状の模様ができ、局部も全て皮膚と同様に青く
変色したのだった。皮膚の変色、触角、羽、胸の模様と少女は完全に
人間ではなくなっていた。
その姿に満足した少女はまたもワルツを踊り始める。
少しだけ浮遊し死体の上でステップを踏み踊る様は異様な光景でしかない。
徐々に徐々に高く浮遊していく少女はやがてステップを止めると
楽園があった山へと戻るために羽を広げ目にも止まらぬような速さで飛行していった。






その後、楽園では工事の手が入ろうとするもその度に業者の人間達が謎の死を遂げるために
やがて中止になった。その死が祟りか呪いかと噂になりいつの日か誰も立ち入らない
禁断の園となりゆっくりと元の姿への再生を始めていた。
そこには楽園で生きる動植物を守る者が存在する。
その者は人ではなくなった蜂の化身ともいえる少女。
自らの種の繁栄、種を滅ぼそうとする外敵の抹殺、楽園の守護のワルツを永遠に
踊り続ける蜂女と化して生き続ける。
それは女神でも妖精でも堕天使でもなく楽園の守護者『蜂女』なのだ。




追記
改造ネタではありませぬがこのような蜂女もアリということでご了承下さいませ。
一応、人間から半蜂女、蜂女へと化しているし、洗脳もあるのでOKということで
お願い致します。        海人



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