特務刑事マリーゴールド




どこをどう帰ってきたのかわからなかったが、詩織は自宅に戻っていた。

もう異常犯罪特務捜査隊の本部に戻る気など詩織には無かった。

ああ・・・気持ちいい・・・メガネが気持ちいい・・・

詩織はドアの鍵をかけ、ベッドに横になると服の上から体中を愛撫し始める。

はあ・・・体が火照る・・・たまらないわ・・・

耳元からは絶えず何かが注入されている感じがする。それは詩織の体の隅々にまで届いて

詩織の躰を気持ちよくさせてくれるのだ。

はあ・・・素敵・・・気持ちいい・・・

詩織の手はやがて自分の胸と股間をまさぐっていき、女の喜びを高めていく。

パンティーとストッキング越しでも詩織のあそこはじっとりと濡れていた。

あん・・・あん・・・あふう・・・

胸をいじる左手と股間をいじる右手の動きがだんだん早くなっていき、彼女を絶頂へと導いていく。

あん・・・いい・・・いいの・・・いく・・・いく・・・

ベッドの上で激しく身もだえする詩織。

やがてその躰がしなり、爪先が丸まってその瞬間を迎える。

はあぁぁぁん・・・いっくぅぅぅ・・・

体中に電気が走ったような感覚に詩織は打ち震えた。




「ん・・・うーん・・・」

ベッドの上で身じろぎする詩織。やがて目が覚めてくる。

私・・・眠っちゃったんだわ。

いつの間にか周囲は真っ暗になっていた。詩織は明かりをつけて自分の姿を確認する。

服を着たまま眠ってしまったのでしわだらけだし、あそこも湿って気持ち悪い。それに何より異様に汗をかいていた。

シャワー浴びなきゃ・・・

ベッドから起き上がりシャワールームに向かう詩織。

しわになったスーツを煩わしそうに脱ぎ捨て、ストッキングを丸めて洗濯籠に放り投げる。

下着を脱いで裸になると友人からうらやましがられる形のいいバストがあらわになった。

ん?

詩織は何となく違和感を感じる。

バストの表面にうっすらと同心円状に模様が入っているのだ。皮膚も何となく青みがかっている。

変だわ・・・私の皮膚ってこんな変な色だったかしら・・・

シャワールームに入りそこの鏡に自分の姿を映し出してみる。

オレンジ色のサングラスがまるで巨大化した目のように彼女の顔を覆っていた。

うふふ・・・素敵だわ・・・私の目。

詩織はゆっくりと自分の裸体を見下ろしていく。

滑らかな躰には処理がわずらわしかった体毛すらなくなっていた。

はあ・・・素敵・・・でも・・・何かが違うような・・・

肌色をしている自分の肌に違和感を詩織は感じていた。

メガネをかけたままシャワーを浴びる。

全身を流れるお湯が少し熱い。いつもぬるめに設定しているはずなのに今日は熱いのだ。

少し水を多めにして調節する。

たっぷりのお湯を詩織は存分に浴びてリフレッシュした。




シャワーから上がった詩織だったが、バスタオルで躰を拭くものの何となく下着を身に付ける気にならなかった。そんなものは必要無く感じたのだ。

トレーナーを着てソファにくつろぐ詩織。何となく甘いものが欲しい。

何かあったかしら・・・

冷蔵庫を開けて中身を見る。料理用に買っておいてあまり使われていない蜂蜜が目に入った。

あ・・・

詩織の中で何かがうごめく。

蜂蜜・・・

蜂蜜・・・欲しい・・・

詩織は蜂蜜のボトルを取り出すとふたを開けて指を浸すとそのまま掬い取り口に運んだ。

蜂蜜の甘さが口中に広がる。

美味しい・・・

甘くてとても美味しいわ・・・

詩織は夢中になって蜂蜜を舐める。幸せな気分が詩織を包み込んでいくようだった。

そのとき隣の部屋で電子音が響いた。

電話?・・・

なぜ電話が?

誰からかしら?

詩織はしつこい電子音をわずらわしく思いながら電話に出る。

「はい・・・」

『あ、黒川さん? 帰っていたんですね? 良かった。大丈夫ですか?』

「大丈夫? 何が?」

電話の相手は荒木だった。

『メガネですよ。俺、もう一度あそこへ行ったんですがもぬけのからでした』

「そう・・・」

あそこの役目は終わったのだ。これからは違う世界が始まる。

『やっぱりあそこは怪しいですよ。今所轄署の連中も使って足取りを追っています。結城博士の失踪もあそこが絡んでいます。間違いありません』

荒木の耳障りな声が詩織に頭痛を起こさせる。

わずらわしい男・・・殺したいわ・・・

「そう・・・わかったわ・・・」

『それで黒川さん、メガネははずしてくれましたか? あのメガネは何かやばいですよ』

メガネ?

メガネがどうしたって言うの?

「メガネなんかかけていないわ・・・」

そう・・・メガネをかけてなどいない。だってこれは私の目なんだもの。

『そうですか・・・良かった。俺、黒川さんまでおかしくなったかと心配でした』

「そう・・・もういいでしょ。私あなたとおしゃべりしたくないの。さよなら」

『えっ? く、黒川さん?』

詩織は電話を切る。これ以上荒木と話していたくなかった。

わずらわしい・・・わずらわしい・・・わずらわしい者は・・・殺す。

うつむいて詩織はそうつぶやいていた。




翌日。

詩織はゆっくりと目覚めた。

ベッドの足元には夕べコンビニで買ってきた蜂蜜のボトルが散乱している。

蜂蜜が欲しくてたまらなくなり、近所のコンビニで棚にあった蜂蜜を根こそぎ買ってきたのだ。

詩織はそれをぺろぺろと舐めているうちにとても気持ちよくなって眠ってしまったのだった。

どうやら裸で眠ってしまったらしく寝巻きも落ちている。

起きなきゃ・・・

詩織は体を起こす。

青みが増して鮮やかになりつつある肌が目に入る。

バストの同心円も黄色と黒に色分けされていた。

ああ・・・素敵だわ・・・私の躰・・・

うっとりとした表情を詩織は浮かべる。

何気なく髪の毛に手をやると、メガネのブリッジ部分から伸びたハチの胴体のようなものが頭頂部にかぶさっており、左右に張り出していた部分はぐっと延びて触角のような形を成している。

これは?

詩織は立ち上がると鏡を覗きに行く。

鏡の中からは大きな複眼のようなメガネと、ブリッジの付け根から伸びている細長い触角。そして額から頭頂部にかけてかぶさっている蜂の胴体のような黄色と黒の飾りが彼女を見つめていた。

顔の皮膚も青白く、首から下はもはや青といってもいいくらいに染まっている。

胸から股間にかけての皮膚はレオタードのようになっていて、大事な部分を覆い隠していた。

「これが私?」

思わず声を出してしまう詩織。

素敵・・・なんてすばらしいのかしら。

うっとりと呆けたように鏡を覗き込んでいる詩織。

この躰をつかって・・・日本中に混乱を・・・

今まで考えたことも無いような考えが芽生える。だが、詩織はそれを変だとは思わない。

「私は・・・ハチ・・・」

ハチ?

何か変だ・・・

私はハチなんかじゃ・・・

それじゃ私は何?

人間・・・

女・・・

ハチ女・・・

私は・・・ハチ女・・・

「うふふ・・・私はハチ・・・ハチ女よ」

詩織の心が変わっていく。

髑髏教授の仕掛けたナノマシンが詩織の身も心も変えていっているのだ。

「ああ・・・私は変わる・・・生まれ変わるんだわ・・・そうよ・・・私はハチ女」

詩織は変化する喜びに包まれていた。




玄関のベルが鳴る。

「?」

詩織はハッとした。

「な・・・何?・・・私はいったい?」

一瞬我を取り戻す詩織。

「こ、これは? この躰はどうして?」

鏡に映っているのは青白い皮膚をした女怪人だ。

「いやぁ・・・いやよぉ・・・こんなのはいやぁ・・・」

両手で顔を覆い鏡から離れる。

その間も玄関のベルは鳴り止まない。

「だ、だめ・・・今はだめよ・・・」

詩織は玄関へ行き、覗き窓から外を見る。

そこにはネクタイを締め、スーツを着こなした青年刑事が立っていた。

「あ、荒木君・・・」

「黒川さん? おはようございます」

思わずつぶやいた詩織の言葉が聞こえたのだろう。荒木の挨拶が扉の向こうから聞こえる。

「お、おはよう・・・ご、ごめんなさい・・・きょ、今日は休みます」

「えっ? 具合悪いんですか? まさかまだメガネを? ちょっと開けてくれませんか?」

「だ、だめ・・・今はだめ・・・帰って・・・帰ってよ!」

扉の向こうにそう言いながらも詩織の心は再び汚染され始める。

何よ・・・何なの・・・何しに来たのよこの男は・・・

「黒川さん。ちょっと開けてくれませんか? 顔を見せてください」

うるさい男・・・殺してしまおうかしら・・・な、何を私は・・・

「帰って! いいから帰って!」

「黒川さん!」

荒木はあきらめない。

警察のくせにどうして・・・どうして私の邪魔をするの?・・・邪魔者は・・・邪魔者は・・・消すわ・・・

うふふ・・・

そうよ・・・

どうして気が付かなかったのかしら・・・

邪魔者は殺す・・・こんな単純なことに・・・

そうよ・・・警察は邪魔者・・・私たちの敵じゃない。

詩織は鍵を開けて扉を開いた。




荒木は胸騒ぎがしていた。

結城博士に続いて黒川詩織もいなくなってしまうのではという思いが彼を彼女のアパートに向かわせたのだった。

あのメガネをかけてからの黒川さんは明らかに挙動不審だった。

だからメガネをはずすように電話したし、黒川さんもメガネはかけていないと言っていた。

あのメガネが毒サソリの仕業だとしたら、結城博士の失踪の原因はそのメガネだろう。

一刻も早くそのメガネを分析して、対策を考えなくてはならない。

「黒川さん! 開けて・・・」

かちゃりと音がして鍵が開く。

ほっとして荒木が扉を開けると、彼は青白い手にいきなり胸倉をつかまれて引きずり込まれた。

「うわあっ!」

もんどりうって荒木はころがる。

何とか柔道の受身を取って態勢を整えようとした荒木の目の前には異形の者が立っていた。

「黒川・・・さん・・・」

それは黒川詩織であったが、黒川詩織ではなかった。

肩までの栗色の髪はまさしく詩織だったが、オレンジ色のサングラスをかけ、そのサングラスの

ブリッジからは左右に向かって触角のような細長いものが伸びていた。

その上そのブリッジ部分から頭頂部にかけては、黄色と黒の蜂の胴体のような形のものが

飾りのように付いており、あまつさえ六本の脚が詩織の頭にしがみついている。

彼女の躰は青白い皮膚で覆われていて、形の良い胸は黄色と黒の同心円状に彩られ誇らしげに上を向いている。

胴体部分はレオタードでも着ているのかそれとも皮膚が変化したのか色違いで覆われており、

腰の部分にはアクセントのように黄色いスカーフが巻いてある。

両手と両脚も手袋やブーツを履いたように変化していて、ハイヒールのようになっていた。

「そ、その躰はいったい・・・」

「うふふ・・・うふふふ・・・そうよ・・・簡単じゃないの・・・殺せばいいのよ」

「黒川さん・・・まさか・・・毒サソリに・・・」

メガネの奥の釣りあがった目が荒木を見下ろしている。冷酷な寒気を催す目だ。

「毒サソリ? そう・・・そうだわ・・・私は毒サソリの一員・・・ふふふふ・・・そうよ・・・

 犯罪こそ我が快楽。私は犯罪結社毒サソリのハチ女だわ。あはははは・・・」

詩織が笑う。

「く、黒川さん・・・」

「ふふふ・・・警視庁の荒木刑事・・・我々の邪魔をするわずらわしい男・・・私が始末してあげるわ」

詩織は両手を荒木のほうに向けてゆっくりと近付いていく。

「く、来るな・・・来るな!」

「さあ、私の胸の中で・・・死になさい。」

詩織は逃げようとする荒木を捕らえ、優しく抱き寄せると耳元でささやいた。

「おやすみ・・・愚かな刑事さん」

次の瞬間詩織の両胸と頭部のハチから針が飛び出し荒木の躰を貫いた。

「ぐぅ・・・」

絶命した荒木を放り出すと詩織は黙って死体を見下ろしていたが、やがて最後の変化が始まった。

「あ・・・ああ・・・き、気持ちいいわ・・・」

彼女の背中から薄く輝く大きな翅が生えてくる。

やがて四枚の翅が生えそろったとき、詩織は身も心もハチ女として生まれ変わっていた。

「あふう・・・うふふふ・・・すばらしい躰・・・最高だわ・・・さあ・・・行かなくちゃ・・・首領様が待っているわ」

詩織は翅を広げて窓の外へ飛び立っていった。




                     ******




毒サソリのアジトで食い入るようにスクリーンを見ているのは黒死大佐と髑髏教授だった。

「まさかこれほど上手く行くとはな」

「どうじゃ。わしの言ったとおりじゃろうて」

髑髏教授がそう言ったのを黒死大佐は聞き流す。

「ふん、たまたま作戦が成功したからといって図に乗るな。だがそれにしてもすごい」

黒死大佐の目の前には監視虫からの映像が送られてきている。

そこには十数人のハチ女たちが、警視庁異常犯罪特務捜査隊の本部を急襲し、

破壊し続けている様が映し出されていた。

その中心となっているのはハチ女20shioriだった。




「ぐわあっ!」

鋭い爪の一撃を受けてSAT隊員が絶命する。

「14akiko、そちらはどう?」

「はい、20shiori様、こちらは片付きました」

「そう、男どもは皆殺しにしなさい。若い女は素体になりそうならば麻痺させておくのよ」

「かしこまりました」

ハチ女たちは20shioriの命令を嬉々として受け入れる。

昆虫の世界と同じように力の強いものが女王となり周りを支配しているのだ。

黒川詩織はハチ女20shioriとなり、いまやハチ女軍団の女王なのだった。

「20shiori様。この女はいかがいたしましょうか?」

一人のハチ女があちこち埃まみれの白衣の女性を連れてくる。

「あら・・・15keiko、もしかして吉村真奈美かしら?」

「はい、かつての私の部下ですわ。20shiori様」

「う・・・あ・・・ま、まさか・・・あなたたちは・・・」

「うふふ・・・久し振りね、吉村さん」

目の前の異形の者たちがかつての知り合いであったことに驚く吉村。

「黒川さん? それに結城博士?」

「私たちはもうそんな名前じゃないのよ。私はハチ女15keiko。

 そしてこのお方は私たちの女王様、ハチ女20shiori様よ」

吉村を押さえつけながらかつての結城景子はそう言った。

「い、いやあぁぁぁ・・・そんなのはいやよぉ」

「うふふふ・・・安心して・・・すぐにあなたも生まれ変わるわ。このメガネでね」

詩織はポーチからオレンジ色のサングラスを取り出すと、ゆっくりと吉村の顔にメガネをかけてやった。




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