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―――時は近未来!
更なる刺激を求める格闘技ファンの要望に応えるべく誕生した、
いわば「ネオ女子プロレス」とも言うべき格闘技界のルネッサンス。
その名は「レディース・ファイト」!―――
「挑戦者・キャット・ザ・リッパー、GMCタッグ王者・ビーナス相川の腕を取ってコーナーへ振った!
そして自らも追いかけていき……
出たァー!キャット十八番の必殺技、相手をコーナーに串刺しにして鉄の爪で引っかく「ヘルズ・スクラッチ」!
通称「地獄の爪とぎ」だァ〜〜〜ッ!」
「これは逃げられませんよぉ〜」
「ニャニャニャニャニャァ―――――ッ!」
猫を模したやたらと露出度の高いレザースーツを身に纏った女性が、同じく猫の声を思わせる奇声を発しながら
両腕を高速で振るう。リングの隅に追い込まれている、ところどころに引き裂かれた痕のあ
青と白のレオタードを身につけたもう一方の女性
――ビーナス相川こと相川マコトは、その猛攻を両腕でガードしながら耐えていた。
しかし、その鋭い攻撃の前に彼女の両腕には切り傷が刻まれ、リングの上にはすでに鮮血が飛び散っている。
「……ヘッ!それくらい何ともねぇよ。つーか毎回毎回それしか脳がねぇのか、このネコ女!」
猫女の爪攻撃を耐えながら、ガードの下からマコトが挑発する。
「ヘルズ・スクラッチ」によってつけられる傷は派手な出血を引き起こし一見深手に見えるが、
きちんとガードすればその実質的ダメージは殆ど無いということを、ここまでの経験からマコトは知っていた。
「ニャッ……!?ニャニオォォォ―――ッ!」
マコトの挑発に乗せられたキャットが一瞬間を置いた後、一際大きく振りかぶった左腕をマコトの頭上に振り下ろす。
「……こいつだ!もらったよ!」
「ニャッ!?」
その一撃に神経を研ぎ澄ませていたマコトが、振りかぶったキャットの腕を受け止める。突然の反撃にたじろぐキャット。
すかさずもう片方の腕でキャットの腹にボディーブローをお見舞い、
そのまま掴んでいた腕を支点にキャットの体を投げ飛ばして、マットに叩きつける。
「お見事ォ〜〜〜ッ!女王・相川、得意の華麗な返し技で地獄の爪とぎから脱出だ〜〜〜ッ!」
「いやぁ〜、いつ見ても惚れ惚れしますねぇ〜」
投げ飛ばされたキャットがそのダメージにうずくまっている間、
相川は自らのコーナーに素早く戻ると、彼女のパートナー・アルテミス月島こと月島サナエにタッチする。
「行ってきな、サナエ!今日こそ奴らをギャフンと言わせてやるんだよ!」
「ハイッ、マコトさん!」
乾いた小気味のよいタッチの音とともに、マコトと同じデザインの黄色と白のレオタードを身に纏ったサナエが
長い黒髪を靡かせながら颯爽とリングに登場する。
「相川、ここで月島にタッチします。ですが、ここのところ今ひとつ調子を出し切れてない感のある月島、
今日こそ汚名を返上してくれるのでしょうか?どう思います、解説の古井戸さん?」
「彼女が迷いを断ち切らない限り、それはあり得ないでしょうねぇ〜」
解説者の言うとおり、サナエはここ数回のファイトに、
いや、今の「レディース・ファイト」の在り方そのものに対してある迷いを抱いていた。
過度にショーアップされた女性ファイターたち、そしてそれと相反するかのような血なまぐさいラフファイトの応酬。
そのミスマッチ感こそ、「レディース・ファイト」最大の魅力であり、娯楽に飢えた観客たちのニーズを満たす
最高のご馳走なのだ。
しかし、それはサナエが格闘家として目指すところとは大きく食い違っている気がしてならないのだった。
「サナエッ!ボーっとしてんじゃないよ!今がチャンスだろっ!?」
「ハッ、ハイッ!」
リングに立ったものの、ファイティングポーズを取ったまま躊躇しているように動かないサナエに
マコトが背後から檄を飛ばす。
その声に弾かれるように、サナエは先ほどの投げからフラフラと立ち上がろうとしているキャットに向かって走り出した。
この隙にキャットの背後から攻撃を仕掛ける、マコトが作り出してくれた「おいしい」場面だった。
(どうする?このまま背後から関節技……それとも投げに……?)
とりあえず走り出したものの、サナエは具体的な攻撃の組み立てを迷っていた。
しかし―――その迷いが彼女の命取りとなった。
「月島、キャットの背後から奇襲をしかける!……ォお〜〜〜〜〜ッとぉ〜〜〜、しかしキャットの蹴りが早かったァ〜ッ!
電光石火の後方蹴り「キャット・テイル」が、月島の腹部にヒットォ〜ッ!
せっかくのチャンスが台無しになってしまったァ〜ッ!」
「カウンターですね、これは痛いですよ〜」
キャットの鋭い後方蹴りを食らい、思わず後ろに倒れこむサナエ。
彼女の前に、投げのダメージがすっかり抜け切ったキャットが立ちはだかり、
下品に伸ばした舌と尖った爪を自らの喉元に当てて横真一文字に掻き切るジェスチャーでサナエを挑発する。
「くっ、このぉッ!」
その挑発にダウンから素早く立ち上がり相手に襲い掛かるサナエの腕を、キャットが捕まえると勢いをつけて
ロープに振ろうとする。
「しかし月島、勢いを利用して逆にキャットをロープに振ったァ!」
その時、不意にサナエの右肘に激痛が走る。そのためサナエのハンマースローはやや勢いに欠けたものとなってしまった。
だがそれにもかかわらず、そのままサナエも逆側のロープへ自らの体を踊らせる。
「そして……決まったァ〜〜〜ッ!アルテミス月島が放つ女神の矢、「ルナティック・アロー」だァ〜〜〜〜〜ッ!」
ロープに投げ飛ばされて跳ね返ってきたキャットの顔面に、同じくロープの反動を利用して走りこんできたサナエの
空中にまっすぐに伸びた両脚がヒットする。
キックを放ったサナエとダウンするキャットの体が同時にリングへ落ち、マットが音を立てる。
その音に応えるように、観客の声援も一瞬大きなうねりを放った。
「しかし、先に立ち上がったのはキャットの方だァ〜〜〜。月島のキックが効いてないのか〜〜〜ッ?」
「やはり先ほどロープに振ったときに、イマイチ勢いが無かったのが原因でしょうね〜」
ドロップキックの落下から立ち上がろうとするサナエを尻目に、キャットは自らのコーナーへ戻る。
「キャット、ここでパートナーのポーラ・ベアーにタッチです。おっと?キャットがベアーに何か囁いているようですが……」
「もしかしたら……」
「もしかしたら……何ですか、古井戸さん?」
「月島の方、先日のファイトで右肘を負傷したと聞きます。
もしかしたらそこを徹底的に狙っていく作戦なのかもしれませんね」
「なるほど、相手の弱点を容赦なく攻めるのが彼女たちのやり方ですからね。十分ありえますよ」
キャットのタッチを受けて、一際大きな巨体がロープを弛ませながらリングにゆっくり入ってくる。
その巨体は彼女が女性だということを一瞬でも忘れさせてくれるほどだった。
「タッチを受けたポーラ・ベアー、リング上の月島にゆっくりと近づいていきます」
「サナエ!じっくり行け、じっくり!焦んじゃないよ!」
サナエの背後からマコトがアドバイスを送ると、サナエはそれに従いファイティングポーズを維持したまま
ベアーの周りをゆっくりと回り始める。ざわつきながらも観客も固唾を呑んでそれを見守っている。
そして、会場内が静寂を迎えた一瞬、サナエは素早いジャブを放つ。それとともに再び沸き返る観客たち。
「先に手を出したのは月島の方だァ!目にも止まらぬ音速の連撃がベアーの体を撃つ!撃つ!撃つ〜〜〜ッ!」
一方的に攻めているように見えるサナエだったが、うらはらにその心のうちは不安にとらわれていた。
その原因は先ほどキャットをロープに振ったときに肘に走った痛みだった。
不安を抱えたまま拳を放つサナエだったが、再び右肘に痛みが走りその拳筋を微妙に鈍らせてしまう。
「止めたァ〜!ベアーが月島の腕を捕まえたァッ!」
「聞いたよォ〜、アンタ、肘を痛めてるんだってェ?」
サナエの右腕を掴んだまま、ベアーがニタリと笑う。
「すかさず撃ち下ろすッ!ベアー持ち前の巨体から振り下ろす「アックス・チョップ」だァーッ!」
巨大なベアーの体から、サナエの肩目掛けて力任せに手刀が振り下ろされ、肉を、いや骨までも打つ音がする。
スピードは無いが、ベアーの身長がその勢いを何倍にも増幅させる。ダメージにサナエの顔が激しく歪む。
しかもその手刀は非情にも2発、3発と立て続けに打ち下ろされ、その度に激痛がサナエの肘を襲う。
「あァーッとォー!無慈悲なる斧の前に月島、早くもグロッギー寸前だァ〜ッ!」
実況の通り、サナエの体からは力が失われもはや立っているのも限界といった感じである。
「グフフフッ、さぁて一気に決めるかねェ」
ベアーが再び不気味な笑いを浮かべながら、力を失ってぐったりとしたサナエの体を頭が下になるように軽々と担ぎ上げる。
「ベアーが月島を持ちあげ、必殺の「ベアーズ・ボンバー」の体勢に入る〜!月島、絶体絶命〜!」
実況の悲痛な叫び声とともに、客席から湧き上がるベアー・コール。
しかし、サナエの目が再び輝きを取り戻す。
自らの名を連呼する観客たちのコールに酔いしれたのか、サナエの体をリフトアップしたままでいたベアーの首に
素早く両脚を絡めると、そのまま逆立ちの体勢で前へ倒れこみ相手の脳天をマットに叩きつける。
ベアーの巨体が弧を描いて頭から倒れこむと、マットが一際大きな音を立てて軋む。
「月島、ベアーズ・ボンバーから変形ウラカンラナで危機一髪脱出〜〜〜ッ!!!」
お世辞にも華麗とは程遠く「辛くも」脱出したサナエは、痛む右腕を押さえながら荒い息を吐いている。
「月島、呼吸を整え……コーナーポストへ向かうッ!出る?出るのか?出すのか、アレをッ!?」
頭を撃ちつけられて昏倒しているのか、リング中央でダウンしたままのベアーを置いてコーナーポストへ登るサナエ。
そしてリングに背を向けたままポーズを決める頃には、先ほどまでのベアーコールが今度は完全に月島コールに変わっていた。
会場全体が彼女の名を呼ぶ声援を受けながら、サナエはその身を宙に躍らせた。
「出た〜〜〜〜〜ッ!アルテミス月島、最大の必殺技「アルテミス・ムーンサルト」〜〜〜〜〜ッ!」
リングに背を向けたサナエの体が空中で1回転し、ボディプレスの体勢でリング内でダウンしている
ベアーの体目掛けて落下していく。
しかし次の瞬間、サナエの体は空しくもリングに叩きつけられてしまっていた。
サナエの体が着地する寸前、意識を取り戻したベアーの体がそれをヒョイと避けたのだった。
「あァ―――――ッとぉぉぉ―――――!自爆ッ!自爆だァ〜〜〜〜〜!
無残ッ!ムーンサルト失敗ッ!アルテミス月島、大事な場面で自爆してしまったァ〜〜〜〜〜ッ!!」
悲痛な実況の叫びとともに、激しく声を上げる観客たち。それはこの試合最大の盛り上がりだった。
サナエは自爆したダメージからマットの上に伸びてしまっている。
ムーンサルトを回避したベアーは、立ち上がるとサナエの体を裏返して仰向けにし
彼女の体の上に一際勢いをつけて飛び乗る。
その勢いに先ほど脳天を叩きつけられた時同様、マットが軋んだ音を上げる。
「ベアー、フォールに行ったァ!この試合、ここで決まってしまうのかッ!」
「サナエッ!」
「おっと、アンタの相手はこのアタシさね!」
ベアーのフォールをカットするべくマコトがリングに入るが、それより早く飛び出していたキャットが彼女の前に立ちはだかる。
そして―――
「ワァーン!……ツゥー!……スリィー!」
カンカンカンカ―――――ン!
マコトがキャットに阻まれて立ち往生している間に、レフリーによってスリーカウントが告げられ
高らかにゴングの音が鳴り響く。
「試合終了〜〜〜〜〜決ィまってしまったァ―――――!!!!!
GMCタッグチャンピオンベルト防衛線、相川・月島組、アルテミス月島の自爆であっさりと敗北〜〜〜〜〜!
何ともあっけない幕切れだァ〜〜〜〜〜ッ!」
リング上ではレフリーが勝者であるキャットとベアーの腕を高く掲げている一方、
マコトは気を失っているサナエに駆け寄りその肩をとって起こしてやっている。
「意外な幕切れに観客からは相川・月島組に対する激しいブーイングと、
キャット・ベアー組に対する賛辞のコールが巻き起こっておりますが、
残念ながらここで放送時間が終了となってしまいました。
今回の実況はワタクシ、バーニング半間と、解説はX・古井戸さんでお送りしました。
古井戸さん、本日はどうもありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
「それでは次の試合までごきげんよう、さようなら〜」