Ω(オメガ)。
先日、某国より帰国したS.S.Bの主要幹部の1人だ。
自らを武装改造し、冷たい金属の体に覆われた歴戦の戦士。
彼女が暗色の岩で出来た椅子に腰を据え、幾枚かの紙に目を通していた。
「いかがですか?お姉様。」
1人の女性がΩの正面に行き、声を掛ける。
Ωと同様、体は大部分を金属の武装に覆われている。
Θ(シータ)。Ωとは姉妹の関係になる。
「これがあたしたちの邪魔をする奴らなの?こんな奴らに手間取っているなんて、魂の泉の教祖様も随分落ちたものね。」
持っていた紙を呆れ混じりで辺りに散らばせる。
赤城 栗栖、瀬川 或徒、水無瀬 愛流、そして、朝霧 恵…。
紙にはX−fixのメンバーの顔写真と詳細なパーソナルデータがあった。
!
咄嗟にΘが背後に向き、銃を構える。
「…断りも無くここに足を踏み入れるなんて舐めた真似をするじゃない。」
肘を突くΩも不機嫌そうに正面を見据える。
刹那、正面に人影が出来る。
S.S.B.の主要幹部の1人であり、かつ「魂の泉」の教祖である神彌弥の姿がそこにあった。
「ごめんなさい。さっき、無礼にあなたたちを追い返しちゃったんで、そのお詫びに、と思って…」
「だからといって、いきなりここに足を踏み入れるのは…」
「お互い様でしょ。」
静かな反撃にΘは口を紡ぐ。
「ところで何の用?あたしは忙しいのよ。あなたと違って…。」
「特に用は無いんだけど、今、あたしの悪口を言ってたようだったから、ちょっと気になってね。」
神彌弥が不敵な笑みを見せる。
「ええ。このX−fixって奴らに手間取っているのが馬鹿馬鹿しいって言ってたとこよ。」
「…じゃ、そこまで言うなら何か策があるのかしら?」
「あるわ。」
Ωの口元が緩む。
「神彌弥、あたしたちの部隊がどんな部隊かはご存知かしら?…まさか、忘れたとは言わせないわよ。」
「…ああ、そういう事。でも、彼女たちがそう易々とあなたの手に乗ってくるかしら?」
「大丈夫。…所詮、薄汚い衣を纏った弱い人間。必ずあたしの元に跪かせてみせるわ。」
彼女が片手を徐に開く。
そこには宝石のような艶やかな物質が3つ、存在を示すように怪しい光を放っていた。
「ららららん〜♪」
二つ束ねた髪が軽快にリズムを刻んで揺れている。
X−fixのメンバー、水無瀬愛流が両手に袋を提げて、街を行く。
久しぶりの非番。やりたい事を次々と達成し続けていた。
そして…。
「これでショッピングは終了。さて、帰るか。」
店を出て、「超」がつくご機嫌振りを見せる彼女。
ふと足が止まる。
「よろしくお願いしま〜す。」
愛流が1枚のちらしを女性から受け取る。
…自然に笑顔になる。
ちらしを渡した女性とその集団の格好。巫女そのものだった。
(ひょっとしたら…)
期待感を抱きながら、渡されたちらしに目を通す。
!
愛流の目が輝いた。
「巫女さん体験キャンペーン」
愛流のボルテージが最高潮になった。
「え〜っと、場所は…」
場所を一目確認すると、彼女は早足で街を駆け抜けていった。
ちらしを配った集団が背後から冷たい視線を送っているのにも気づかずに…。
「Ω様、第1段階任務、完了いたしました。」
1人の女性が巫女衣装の懐に口を近づけ呟いた。
石段が延々と続く山道。
その中腹に愛流の姿があった。
買った物が入った紙袋をギュッと両手に握り締め、一途に石段を登り続ける姿は普段のおとなしい愛流の姿とは全くの別人だった。
「募集定員が10人だから、ひょっとしたら間に合わへんかも…。ここ正月に人いっぱい来るからな…」
どちらかと言えば知力派の愛流。
急激な運動に息は絶え絶えになっている。
「はぁ…。」
しばらくして、ようやく本殿のある境内に到着した。
気が抜けたせいか、本殿の鳥居の前で上半身を倒して、地面に手を付いた。
呼吸を整え、顔を上げる。
………。
境内は静かだった。参加希望者の姿どころか、宮司の姿も無い。
鬱蒼と周りに茂る木々の葉が風に揺すられる音のみが響いていた。
妙な不安に愛流の心が襲われる。
「ようこそ、巫女さん体験キャンペーンへ。」
辺りを見回す愛流に艶っぽい声が届く。
愛流が本殿に目を移す。そこには武装した女性が二人−ΩとΘの姿があった。
「誰や!?」
尋常でない状況に愛流は、持っていた紙袋を下に落とし、即座に身構える。
「あんなちらしで騙されるなんて、X−fixの奴らって、相当おつむが軽いのね。」
「本当、こうもあっさり引っ掛かるなんて。」
Ωたちは見下した笑みを愛流に投げかける。
その言葉に愛流は歯を食いしばり、じっと目の前の二人に鋭い視線を送る。
「お姉様、早くやっちゃいましょうよ。」
「そうね…。厄介な奴らが来ないうちに片付けちゃいましょうか。」
ΩとΘが少し距離を開ける。
「あんたたち、S.S.B.の改造人間か…?」
「改造人間?そんな低いレベルに見られちゃうとは、あたしたちがいない間にS.S.B.も随分落ちぶれたものね。」
「本当。優秀な戦闘能力を持つあたしたちがこうも容易く扱われるなんて…。ちょっとムカツク。」
「じゃあ…」
「あたしはS.S.B.・戦闘武装軍団のリーダー、Ω」
「その妹、Θ。…これからあなたのご主人様になるんだから、言葉は丁重でなくてはダメよ。」
「ふざけんな!誰があんたたちの…!」
強気の応酬の中で愛流は奇妙な違和感を感じていた。
…強いオーラを感じない。リーダーだって言うならもっと強い霊力を持つはず…。
緊迫した空気の中、愛流の口元が綻ぶ。
「あ〜、あんたたち、大した力も無いんやろ。これぐらいなら私でも倒せるわ。」
奇妙な事を言い出す愛流を前に、ΩとΘは一瞬呆然となった。
「…どうした?状況が受け入れられず、気が動転したか?」
「は〜ん…。お姉様、この子、あたしたちの霊力を読み取ってこんな事、言ってるんじゃありません?確か、この子の能力は『霊感感応』でしたから。」
「なるほど…。」
納得するとΩは凛とし、愛流を力強く指差す。
「おいっ!霊力が無いからと言って『力が弱い』と思ってると痛い目に遭うぞ!」
「あたしたちは兵器・武力と科学力を融合させた技術を持つ集団。霊力とは無縁だ。ただでさえ、数的不利。そんだけの大口叩いて大丈夫なのか?」
「いっ…。」
愛流の顔から余裕が消える。
「そうか…。だから、あん時、何も感じんかったんか…。」
愛流は決して感情に押し流されるがままに動いている訳ではない。
どんな時も冷静に、かつ的確に霊力を呼んでいる。
もちろん、ちらしをもらった時も神社に来た時も…。
それを見越して引き込まれている…。
愛流に焦りが見える…
…いや、再び余裕を見せる。
「時間稼ぎにはなったかな?」
「何!?」
愛流の言葉にΩたちは疑問を浮かべる。
「もうすぐ仲間が来るで。SOS信号をあんたたちを見た時に出しておいたから。少なくとも数的不利は避けられそうや。」
静かに片手を上げる。そこにはX−fix本部へ信号が送られる様開発された発信機が握り締められていた。
X−fix本部。
「少し待ちなさい!」
バイクで出動しようとする或徒を止めようとする白衣の女性。
古島夏月。柊由美子が行方不明になった後、X−fixの科学技術の総責任者として、栗栖たちを影から支えている、彼女たちにとって姉のような人。柊由美子の大学時代の後輩にあたる人物だ。
「恵が今、調査現場から向かってる。ちょうど合流するタイミングで落ち合うようにしなさいって言ってるのに!」
焦りと怒りが語気が強くなる。
「一刻を争うんだ!そんなにゆっくりしてる暇は無ぇ!…それに…」
「それに?」
「…あんな奴の力なんて、当てにしてない!」
或徒は吐き捨てるように言うと、そのままバイクのエンジンをふかし、本部を飛び出していく。
「或徒!」
夏月の言葉は或徒に届かない。
未だに解消されない恵と或徒の溝に夏月はただ悲観するしかなかった。
「夏月さん。」
栗栖がバイクに乗ったまま、夏月の前にやってくる。
「栗栖ちゃん…。」
これ以上の言葉が出てこない。
落ち込む夏月に栗栖は笑顔を見せる。彼女を励ますものだった。
「悲しまないでください。或徒もわかってるはずですから。…行ってきます。」
栗栖がスロットルを回す。
「栗栖ちゃん!」
夏月の呼びかけに栗栖は咄嗟に夏月に顔を向ける。
「…無理はしない事。良いわね。」
栗栖は頷いた。そして、再びエンジンをふかして本部を飛び出していく。
「……先輩。どうか彼女たちを見守ってください。」
夏月にはその後ろ姿を見守るしか出来なかった。
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