Killer Dolls Another
T-fly様 作
scene1
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※ 注意
今回の設定に関しましては、以前発表した「Killer Dolls」の設定を生かし、
或徒たちが神社に到着する前に愛流がレディバード・ドールにされたという状態から話
が進んでおります。

「何なりと御用をお申し付けください。Ω様、θ様」
この街で遥か古から続く、由緒ある神社の境内に従順した声が響いている。
テントウムシに近い生物を模った不気味な赤い光を放つ鎧に心を支配された水無瀬愛流は
自分の目の前に立つS.S.B.の幹部、Ωとθに跪き、頭を下げていた。
忠誠の言葉を口にする彼女にいつもの関西人特有ともいえる、あの明朗さは無い。溢れ出
す果て無き力に陶酔し、破壊と絶望を創造する戦士が妖しい笑みを浮かべて佇む姿がそこ
にあった。
「なんと素晴らしい姿だ。水無瀬愛流……いや、レディバード・ドールよ」
θは想像以上の闇戦士が誕生したことに小さく興奮している。
「お姉様、この後ここにやってくる残りの連中も我が下僕に生まれ変わらせてやりましょ
う。あの二人もこの鎧を身に纏わせれば必ず私たちが思う以上の力を発揮させてくれるは
ず……。早速罠を……」
「待って……」
逸るθに対し、Ωが静かな声で彼女の動きを制する。
「どうかしましたか?」
θは思わぬ反応に、Ωに顔を向ける。同時に彼女の興奮はΩの声と共に消えている。
「このまま、二人に鎧を纏わせるのはなんかつまらないわ。……もう少し楽しみたいわね」
「楽しむ?」
「そうよ。正義を掲げる戦士様をこちらに迎え入れるのよ。きちんと一人一人言葉を交わ
してから、鎧を与えてあげた方が良いと思ってね……」
その手にある残った二つの宝玉状の物質を眺めながら、Ωは口元を緩ませる。
「……今日は他の二人は見逃してやりましょう」
「お姉様! 折角の好機、みすみす見逃すのはいかがなものかと存じますが……」
姉の言葉にθは焦りながら進言する。
だが、Ωの思考に変化は無かった。
「良いのよ。予想外の反応が出れば、始末すれば良い。縁が無かったと思って諦めるしか
ないわ。……私は見てみたいの。あの二人が自分の仲間が敵の戦士に変わった時の反応を
ね」
その声は重さを持ちながらも、浮かれている。湧き出る楽しみを隠し切れない様子だった。
「わかりました。そういうことならば、そのようにいたしましょう」
θの声を聞き、Ωはすぐに跪くレディバード・ドールに視線を落とした。
「さあ、レディバード・ドール、あなたの最初の仕事よ」
「……仰せのままに」
レディバード・ドールが顔を上げ、真っ直ぐにΩの顔を見つめる。
Ωの命令を心より待つ、悪魔の瞳があった。



目の前には来る者を阻むかのように連なる、長い石段がある。赤城栗栖と瀬川或徒はもう
すぐそれを上りきろうとしていた。
その先にはこの街でも有名な神社がある。水無瀬愛流からSOS信号が飛び立ったとされ
る場所だった。危機を察して、二人は既に私服から戦闘用特殊スーツ「フィクスコート」
にシフトチェンジしている。
二人は焦っていた。石段という苦難を克服した達成感も体を痛めつけられたことで生まれ
た疲労感も無い。最悪な夢を映し出し続ける色濃い不安のみが彼女たちの頭の中に纏わり
付いている。
そして、二人は石段最期の段に足を掛ける。
神社の光景が目に入ってきた。
「あれ?」
これが神社を見回した或徒の第一声だ。
辺りは閑散としている。殺気や気配も感じない。神格ある風貌を見せる、ごく普通の風景
があった。
その社の前に一人誰かが立っている。栗栖たちと同じ特殊スーツを身につけ、緑色の髪を
ツインテールにまとめた女性だった。
それが誰であるかは、栗栖たちにはすぐに理解出来た。
「愛流!」
或徒は急いでその人物に駆け寄っていく。
「あっ、或徒ちゃん」
目の前の人物が振り返る。見慣れた水無瀬愛流が柔和な面持ちで或徒たちを見つめていた。
「大丈夫か?」
或徒は走ってきた勢いそのままに、両手で彼女の肩を掴む。愛流とは対照的に緊張と警戒
を表情に見せている。
「うん。うちは大丈夫やで。どこも怪我してない」
「そうか……」
いつもの愛流の声を聞き、或徒はようやく自らの警戒を解いた。
「愛流ちゃん、敵はどうしたの?」
栗栖は或徒の後ろへと近づき、ゆっくりと愛流に話し掛ける。
「それがな、『お前なんかに興味は無い』って言われて、うちがザコと戦っているうちに
神社の中を荒らして、何か持ち去ったと思ったら、あっと言う間にいなくなってしもた」
愛流の言う通り、社の入り口は派手に壊され、その周囲には中に収められていた品物が散
らばっている。
その様子に栗栖は眉を顰めた。
「何か、奴らにとって大切な物が納められていたようね……」
「くそっ! もう少し早く到着していれば……」
或徒は歯を強く噛み締めて、悔しさを露にしている。
「ごめんな。あんまりにも数が多過ぎて、ある程度追い払った時にはもう遅かった」
「大丈夫よ。愛流ちゃんのせいじゃないわ」
「栗栖! 敵はそう遠くへ逃げていないはずだ。今から追い駆けて、奪った物を取り返し
に行こうぜ」
「無茶よ! 敵がどこに逃げたのか、何を持ち去ったのか、何もわからないままで動くの
は危険だわ。ここは研究所へ戻って、奴らの狙いを探るのが先よ。それからでも遅くない
わ」
栗栖の冷静かつ抑圧の掛かった声に或徒の高揚は急激に収まっていく。
「……そうだな。このことを夏月さんに調べてもらおう」
「じゃ、急いで戻りましょう」
栗栖の声に或徒は頷く。愛流も戸惑いながら頷いた。
そして、栗栖と或徒は踵を返して、麓に止めてあるバイクに向かって、小走りで下りてい
く。
その後姿を愛流は邪悪な薄ら笑いを浮かべながら見つめ、しばらくして、彼女たちの後を
ゆっくりと追い駆けていった。


翌日。
研究所の強化スーツ開発局の一室は慌しい動きを見せていた。
数人の研究者たちが正面を見つめては、メモを取ったり、目の前の操作盤を細かく頻繁に
動かしている。
「霊圧量が安定してないわ。もっと定着率を上げないと」
その後ろでは、研究所のチーフとなった古島夏月が懸命に指示を出している。
今、ここでは『フィクスコート』の強化実験が行われている。
一週間前、S.S.B.の改造戦士と戦った際、フィクスコートの形こそ整っていたもの
の、性能や耐性は全体に亘り大きなダメージを受けていた。このままでは今後の戦いに支
障が出てくると考えた夏月が、密かに開発していた新たなフィクスコートを今日初めて着
用者を使って試している。
「或徒、ちょっと霊圧が落ちてきてるわよ。弱めでも良いから安定した量を出してちょう
だい」
夏月が操作盤に付いたマイクを通して、試験者に声を掛ける。
「わかってるよ」
不満そうな大声が反響しながら夏月の耳元に届く。
声の主である或徒は夏月たちがいるモニタールームから強化ガラス1枚隔てた実験室にい
た。開発中の新フィクスコートを身につけている。見た目が現在のものと変わらないのも
要因だろうが、それを身につけている或徒の姿に違和感は無く、寧ろ普段着よりも定着し
ているように見えた。
モニタールームの何十倍の広さを持つ実験室の真ん中で或徒は不満を隠して目を瞑る。
意識を集中する。同時に徐に体全体を淡い緑色の光が包む。
或徒が持つ、霊圧が具現化したものだ。
だが、いまいち集中し切れないでいる。何も無く、コンクリートの打ちっぱなしだけが見
える薄暗い空間に閉じ込められていては、精神的に落ち着かないのも無理は無い。
その上、もう一つ、原因がある。
「恵、必要以上に霊圧が出てるけど問題無い? そんなに飛ばしたら後で持たないわよ」
実験室に夏月の声が響いた。
「大丈夫です。心配ありません。このぐらいの力でしたら維持出来ますから」
或徒のものではない声がする。
実は実験室にいるのは或徒だけではない。彼女の正面で同じ様にフィクスコートを纏い、
実験に参加する者がいた。
或徒より頭一つ背が高い、深い蒼色の髪を肩口まで伸ばした女性  かつてS.S.B.
の幹部としてX−Fixと対峙していた元『シルヴィー』、朝霧恵だ。
恵の声を聞いた途端、或徒は目を開き、彼女を睨みつける。だが、恵はそれに気がつかず
に再び瞑想し、霊圧を放出する。
或徒には彼女に対する恨みがある。彼女の親友は恵、つまりシルヴィーの手によってその
命を落とした。目の前で見た惨劇は今も脳裏から離れず、恵の顔を見る度に激しい憎悪を
掻き立てられる。
ここで一歩踏み出し、恵に襲い掛かることは出来る。だが、そんなことはしない。
今はX−Fixとしての任務の最中と自分の心に言い聞かせている。自分の勝手な感情で
プロジェクトの失敗を招くことは許されない。それに……。
彼女の目の前にいる『朝霧恵』と親友を殺した『シルヴィー』が違う存在であることを或
徒はきちんと理解していた。
最初、ばったり出くわした時は本当に殺してやろうかと思った。だが、真っ赤になった目
で映った恵の姿は物悲しく、戸惑いに満ちていた。おそらく、今の彼女にはその時の記憶
は全く無いし、その時の感情も今の恵のものでは無い。そう考えると、理性は襲い掛かろ
うとする本能をしっかりと止めていた。
それでも、本能は憎悪を生み出し続ける。だから、素直に恵に近づけずに敵対の姿勢を取
ってしまう。昨日の帰りに神社でばったり出くわした時も今日この時もそうだ。葛藤は幾
度と彼女の内で心を締め付ける。
「或徒、集中しなさい! さっきより波形が乱れてるわよ」
「わかったよ!」
或徒は一つ深呼吸して、瞑想状態に入る。より深く……。より静かに……。
数瞬して、或徒の霊圧量も安定した。ようやく実験に入ることが出来る。
「OKよ。じゃあ、一時間程その状態を保ってね」
最後のメッセージを伝えて、夏月はマイクのスイッチを切った。
「お疲れ様です。夏月さん」
モニタールームの隅で状況を見守っていた栗栖が夏月の元へ歩み寄る。
栗栖の顔を見た夏月はほっとした表情を浮かべていた。
「……なんとか、実験に集中してくれたみたい。或徒の性格だったら、このまま恵に襲い
掛かるかもしれないと思ったけど、プロとしての意識はちゃんと持っていたみたいね」
「大丈夫ですよ。或徒も子供じゃないんですから。ちゃんと任務は果たしますよ」
「そうよね」
笑みを浮かべたまま、夏月は操作盤の計器をチェックしに向かう。
が。
「あっ、そうだ!」
その足がすぐに止まると夏月は再び栗栖の下へ戻ってきた。その表情はさっきと違い、ど
こか迷った心境が見えている。
「あのさ、昨日の調査の件なんだけど……」
「どうかしたんですか?」
「愛流が言っていた話、本当かしら?」
「……どういうことですか?」
夏月の予想もしない言葉に栗栖の心も自然と不安に駆られる。
「あの神社のこと調べたんだけど、あそこが出来たのは戦後になってからで、そこの管理
人さんの話じゃ、由緒ある物とか宝になるような物は何も納めてないそうなのよ。そんな
場所にS.S.B.の奴等が盗みに入るなんて到底考えられないんだけどな」
「そうなんですか? でも、状況もその通りでしたし、愛流ちゃんが嘘を言う訳はないで
すよ。」
「そうよね。まあ、彼女が嘘をつく理由なんて無いわよね。……他にも地質とか建造物の
成分とかいろいろ調べてはみたんだけど、何も思い当たるものが無いのよね。一体何が狙
いかしら?」
「……夏月さん、私、もう少し調べてみます」
「お願い。私もこっちの研究が終わったら、手を回すわ」
会話を終えた後、栗栖は徐にモニタールームを後にした。

夏月と別れた後も栗栖の頭から昨日の事件のことが離れない。
「何があるんだろう? あそこに……」
ゆっくりと研究所の廊下を歩く。特に向かう先は決めていない。今は一つのことしか考え
られず、自分の状況にすら気がついていない。
突然、通信機の音が栗栖の耳元に届く。自分の物であることはすぐにわかった。
すぐに通信機を自分の顔の近くに引き上げる。
通信相手は大方予想が出来る。恐らくは昨日のことを調べに行くと言って出かけた愛流か
らだろう。
「はい」
「……赤城栗栖さんね」
栗栖の表情が強張った。聞き慣れない声に心が大きく乱れる。
「誰?」
「……栗栖ちゃん」
通信機から微かな声が聞こえる。それは愛流のものだった。
「愛……」
「騒ぐな。仲間の命が惜しければ静かにしろ」
栗栖は慌てて自らの声を制する。研究室の廊下に静寂が広がる。
「そうだ。それで良い」
「……あなたは誰なの?」
「私はS.S.B.重機動部隊司令官、Ωって言うの。ちょっと、用があって来てみたら、
ネズミさんが一匹、私たちを探っていたんで捕まえたところよ」
「愛流ちゃんを離して」
小声に鬼気が篭る。
「敵さんを『はい、どうぞ』ってお返しする訳にはいかないわよね……。でも、どうして
もって言うなら、話は聞いてあげるわ。藤の森アニマルパークにいらっしゃい。……但し、
あなた一人で来るのよ。でなければ、この子を殺す」
「待って……」
通信機の電波は栗栖の言葉を待たずに途切れた。
突然の選択に栗栖は迷っている。
自分一人で飛び出していくのは危険であることは間違いない。敵は罠を張って待ち構えて
いることは容易に想像出来る。
かといって、今、或徒や恵、研究室のメンバーの力を借りることも出来ない。夏月に聞い
た話だと今回の実験を急に止めると被験者に霊的、身体的ダメージを及ぼす恐れがあると
いう。もし、無理矢理二人に協力を仰いだとしても、戦力として加えられない可能性があ
る。それに、S.S.B.の諜報網は極めて敏感である。研究所が何かしらの動きを見せ
れば、すぐに敵に察知されることも予想出来る。そうなれば、愛流の命に保証は無い。
………………。
栗栖は心を決めた。
真剣な瞳を見せながら、自分のバイクを格納してある一角へ進んでいく。

「愛流ちゃん!」
栗栖は藤の森アニマルパークのメイン広場“だった”場所に立っていた。バイクのエンジ
ンを全開にして来たため、あの通信を受けてから僅かな時間で到着していた。
ここは行政が観光名所として力を入れていた動物をテーマにしたレジャー施設だった。し
かし、無駄な公共事業の連続や来客数の激減により閉鎖されてから久しい。親子連れで賑
わい、色鮮やかだった施設の数々も自然の無常な洗礼によって褪せてみすぼらしい廃墟と
化している。
辺りを見回す。時折吹く風で周囲の木の小さな枝が微かに揺れている。
依然、人の気配は全く無い。
それが却って不気味だった。
「よく来たわね」
いきなり声が栗栖の耳に届く。緊張は一気に高まっていく。
直後、栗栖の前に人影が現れた。全身を機械に包まれているが、それは人の形をしていた。
口元を綻ばせて、栗栖の表情を窺っている。
「まさか、本当に一人で来るなんて……。敵の罠だとも思わないのかしら?」
その声は通信機から聞こえた声と同じものだった。Ωだ。
栗栖は身構え、周囲に神経を尖らせる。
「愛流ちゃんはどこにいるの?」
「そんなに慌てないで。彼女なら……」
その言葉の直後、彼女の背後から別の人影が現れた。
別の暗色の機械に包まれた人物がフィクスコートを身に纏った愛流の両方の手首を掴んで
いた。愛流は抵抗もせず、力無く上体を前に倒したまま、辛うじて立っている。
「愛流ちゃん!」
栗栖が叫ぶ。しかし、愛流に変化は見られない。
「心配しないで。気絶しているだけよ。……θ、敵さんは言われた通り、一人で伺ってく
れたみたいよ。私たちは敬意を払わないと」
「はい、お姉様」
θはニヤリと笑うと愛流の手首を掴んだまま、彼女の体を前へ軽く放り投げる。
拘束から逃れた愛流は赤レンガの舗装が残る地面に体を擦り合せながら、栗栖の足元に横
になって転がってきた。
「愛流ちゃん!」
栗栖は咄嗟にしゃがみ込むと悲壮な面持ちで愛流の体を抱き上げる。
「……く……栗栖ちゃん……」
先程の衝撃で愛流は微かに意識を取り戻している。
「しゃべらないで。じっとしてて」
栗栖は愛流の様子に気を配る振りをして、改めて置かれている状況を確認する。
正面にはΩとθがいる。愛流を連れて突破するのは難しい。
あと、気になるのは周囲にある廃墟の数々だ。陰に戦闘員が隠れている可能性が高い。ど
こかに身を潜めようとするのも危険を伴う。
そして、最も怖いこと、それは目の前の二人がどのような能力を持っているのかを全く知
らないことである。
栗栖は顔を上げる。じっと正面の二人を見つめていた。
「さすがはリーダーだけのことはあるわね。危機的状況でも冷静にいられるなんて。さあ、
どうするつもりかしら?」
Ωが妖しく微笑む。
それでも、栗栖は表情を崩さなかった。
彼女には策があったからだ。四面楚歌の状況を打開するには外からの援助が不可欠である。
まずは遠隔操作で自らのバイクをここまで呼び寄せ、相手を攪乱した後、愛流を連れてバ
イクで逃走する。同時に研究所へSOSを出し、更なる援助を要請する。愛流を手元に取
り返した以上、助けを求めることに弊害は無い。
その間に目の前の二人が攻撃を加えようと迫ってくるならば、リーディング能力を用いて、
出来る限りの攻撃を読んでかわし、時間を稼ぐ。
全てが上手くいく保証は全く無い。大きな賭けだ。
……だが、やるしかない。
「Fix!」
栗栖の掛け声と同時に周囲に閃光が走る。
彼女の衣服が溶けるように消えていくのと同時にフィクスコートが肌を包み、栗栖は瞬く
間で特殊スーツを身に纏う。
「さあ、逃げも隠れもしないわ。愛流を怪我させたお返しをしてあげる」
栗栖が構えを取る。戦う姿勢を見せることでΩたちに『逃げる』という選択肢を捨てたと
印象づけるための作戦である。仮にΩたちが襲ってきても、或徒ほどでは無いが、人並み
の戦闘能力は持っている。時間稼ぎ程度にかわすことは可能だ。
「お姉様、彼女、戦うようですわよ」
「リーダーとしては賢明な判断ではないわね。でも、戦おうとする意志があるのなら、そ
れに答えてあげましょう」
「……はい」
Ωとθから小さな摩擦音が聞こえる。
同時にΩの右腕とθの左腕が変化し始める。Ωの右腕は鎧が小さく分離し、形を変える腕
と融合しながら一本の剣を完成させた。θの掌から銃口が覗き、腕が一回り膨張するし、
エネルギータンクと思われる鋼鉄製の物体が膝から露出する。銃口の大きさから考えれば、
相当の破壊力があると思われる代物だった。
ただ、目の前の幹部たちには機械特有の弱点があった。それは、僅かながらも変化に時間
を要していたことだ。
栗栖はその隙を逃さなかった。
“今なら助けを呼べる!”
栗栖は手の甲に付いた通信機に手を伸ばす。
しかし、その手はすぐに止まる。
殺気を感じた。それは目の前からではない。下からだった。
栗栖は思わず視線を落とす。
一閃の物体が彼女を捉えようとしていた。
栗栖は慌てて身を仰け反らして、それをかわした。
攻撃してきたものの正体を見て、栗栖は自分の目を疑った。
彼女の通信を邪魔したもの、それは愛流の軽快な身のこなしからの蹴りだったからだ。
蹴りをかわされた愛流は体を回転させながら、しっかりと地面に足をついた。
「ダメだよ、栗栖ちゃん。ちゃんとΩ様たちと戦わないと」
Ωたちの前で腕組みをして立っている愛流は、不敵な笑みを零していた。
「あ、愛流ちゃん……」
愛流の意外な行動と言葉に栗栖の頭の中はまだ整理がつかない。
「Ω様、あいつ、通信機で研究所と連絡を取ろうとしております。恐らくは援助を呼んで
対抗しようと考えているものかと」
「……そう。やはり、私たちと対等に戦う力は無いと判断していたか」
「……愛流、どういうこと?」
愛流は何も答えずに、にやりと笑う。すると彼女の体の至る所から赤い石が浮き出てきた。
腕、胸、脚、額……。直後、その石が不気味に光ると愛流のフィクスコートと融合しなが
ら、各々を守る鎧へと姿を変えていく。
鎧が愛流を包み込むと兜についた、虫の目のような二つの黄色い宝石が一瞬光を放ち、背
中から光の羽が飛び出した。愛流の変化が完了する。
「あ、愛流!」
「私はS.S.B.の忠実なる戦士、レディバード・ドール。Ω様の力を経て生まれ変わ
ったのだ」
明朗で気さくだった愛流は今、闇からの祝福に溺れ、見下した瞳で栗栖を見ている。
その光景に栗栖の心を更なる動揺が襲う。目の前の全てが信じられなかった。そして、信
じたくはなかった。呆然としたまま、次なる手を打つことだけでなく、先のことも考えら
れなくなっている。
「これは……」
「ふふふ。水無月愛流は力が欲しいと望んだ。そして、我々が差し出した手を受け取った
のだ。S.S.B.への忠誠と共に……」
「嘘よ! 愛流ちゃんがそんなことを望んでいるはずが無いわ!」
栗栖ははっきりと叫ぶ。気持ちはまだ整わないものの、この答えだけは確信を持って言え
た。
「ならば、直接聞いてみるがいい。レディバード・ドール、あなたの力を彼女に示してあ
げなさい」
「はい。Ω様」
微笑と共にΩはレディバード・ドールの後ろに下がる。
「愛流……」
「新しく手に入れた力、栗栖ちゃんに見せてあげる」
言葉と同時に愛流は高く飛び上がる。レディバード・ドールは軽く両腕を胸元で組んで、
力を溜める。一瞬にして光が生まれた。輝いているが、闇が混じる光だ。
栗栖も咄嗟にリーディング能力を使い、彼女の心を読む。
(力が解放できる……。楽しい。楽しいよ……)
栗栖は愕然とした。心の底で本当の愛流が助けを求めているはずだ。きっと何か彼女を止
める方法を訴えてくれるはずだと思っていた。
しかし、聞こえてくるのは欲望の心だけだった。レディバード・ドールに変わった今の姿
が愛流の本来の姿へと変わったことを知ってしまった。
「はぁーーっ!」
レディバード・ドールは腕を突き出し、溜めた力を四方八方に放出する。光は栗栖の周囲
へ勢いよく飛ぶとそのまま地面へと吸い込まれていく。
「さあ、出ておいで、地に眠った怨念たち。あたしに力を貸して!」
地上に降りたレディバード・ドールが指を鳴らす。
直後、栗栖の周囲から幾つもの丸い光が盛り上がり、地上へ飛び出していく。先程地上へ
吸い込まれていった光とは比べ物にならない程、大きく膨らんでいた。
光はレディバード・ドールの近くに飛んでいくと光の流れを変えながら形を変えていく。
鋭い牙と爪、逞しい脚が見えた。耳が立ち、光に揺らめく尾が生まれる。そして、鋭い眼
光で栗栖を見つめている。
その姿は犬だった。血に肉に飢えた、強い殺気を放っている。
他の光も虎、蛇、バッファローなど様々な動物たちに姿を変えていく。皆、同じように栗
栖を標的に定めている。
「我が敵を倒すのだ!」
レディバード・ドールの合図と共に光の動物たちは一斉に栗栖に襲い掛かる。
栗栖は出せる身体能力を駆使して懸命にかわす。
その表情に余裕は無い。
焦っていた。思った以上に状況は悪い。
愛流は霊を使役する能力を持っている。だが、その能力はまだ弱く、実戦で投入するには
まだ時間が掛かると夏月や研究所のメンバーから聞かされていた。
だが、今、目の前を飛んでいる怨霊たちは力が溢れている。とても愛流が操っているとは
思えないものだった。
さらにこの怨霊たちの霊力も凄まじい。勝手気ままな人間に捨てられ、見殺しにされ、殺
されて、消された動物たちの悲鳴が聞こえる。人間に対する恨みが満ちている。
そして、相乗効果は途轍もない武器に変わった……。
最初は何とかかわしていた栗栖も、徐々に衰えない光の流れに動きが遅れ始める。
「ぐっ!」
光の一つが栗栖の体を掠める。
「うわっ!」
連鎖的に彼女の体に光が次々とぶつかってくる。栗栖は抵抗もできず、布切れのように舞
わされた後、地上に叩き落とされた。
「……うっ……」
光の衝撃でフィクスコートは至る所が破損している。それでも立ち上がろうと手を伸ばし、
地面に埋まったレンガの一つを掴む。
「さて、そろそろいいかな」
レディバード・ドールはゆっくりと栗栖の下に歩み寄る。
その時には、栗栖は四つん這いになって、激しく呼吸していた。レディバード・ドールが
近づいている様子には気づいていない。
レディバード・ドールの右手が素早く栗栖の喉を捉える。栗栖は力に抗せられずに無理矢
理立ち上がらされた。
苦しそうに手を外そうとする栗栖を、レディバード・ドールは妖しい笑みで見つめている。
「Ω様の命令でね、あなたにもΩ様の力を与えてあげる。きっと気に入るはずよ」
栗栖は必死に目を開く。それはこれから起こる出来事に対して、哀れみ、そして拒む心境
を滲み出していた。
その心境も知らず、レディバード・ドールは左手を持ち上がると栗栖の顔の前で掌を開く。
そこには不気味な青い光を放つ宝石のような石が一つ置かれていた。
「さあ、あなたの力を開放しなさい」
「い……や……」
栗栖は懸命に身悶えする。だが、それを強引に制して、レディバード・ドールは栗栖の額
にその石を当てる。
「いやーーーーっ!」
その瞬間、石は強烈な光を放ちながら、栗栖の頭の中へ消えていく。
同時にレディバード・ドールはそっと栗栖から手を離した。栗栖は糸が切れた操り人形の
ように力無く地面に崩れ落ちる。
「うっ…………うう……」
栗栖は胸や頭を押さえながら、懸命に流れ込んでくる力に抵抗している。
S.S.B.との戦いは熾烈だ。
特に改造戦士との戦いは栗栖の心を締め付ける。
彼女の脳裏に流れ込んでくる改造戦士たちの気持ち。それは人間だった時の気持ち。
改造戦士たちは望まずして戦いに身を投じている。
そして、その改造戦士たちを倒さなくてはならない。
改造戦士たちは普通の人間だったのに……。
でも非情に徹しないと……。でも、そんなことできない。
彼女たちを救ってあげられないの?
こんなに心が聞こえてくるのに……。
助けてあげたい。普通の日々に戻してあげたい。
元に戻してあげる力……。
彼女たちを苦しめない力……。
力が欲しい……。

「オマエノ心ノ闇、見ツケタ」

「ううっ!」
栗栖は苦しみながら、自らの上体を起こして立ち上がる。
同時に彼女の体を黒いオーラが取り巻いていく。
栗栖の額から青い光が発せられている。それは先程埋め込まれた石の一部だった。
そして、腕や胸、脚や腰にも同じような石の一部が浮き出てきている。
浮き出た石は黒いオーラを静かに吸い込みながら、その形を肥大させていく。
両脚の石は脚全体を包み込み、太股から足先へ一本の青いラインが印象的な甲冑へと変化
する。
腰の石は股当てへと変わり、腰の両側から青い羽状の鎧が現れる。
胸の石は彼女の乳房の上で広がると胸当てとなり、二つの球体を包む。
肩の石は肩当てに、腕に付いた石は彼女の手を包み込み、手甲へと変わる。
そして、額の石は彼女の前頭部と側頭部を包んだ兜に変わり、彼女の顔を覆っていく。
兜から二本の角が生え、クワガタムシのような虫の形の鎧が完成していく。
さらに彼女が着ていたフィクスコートは破損した部分を消しながら、鎧に吸収されていく。
胸元から腰に引かれたラインが栗栖の引き締まったウェストラインを際立たせている。
「これで彼女もキラードールズの一員となったか……」
栗栖の変身をΩは満面に笑みを浮かべながら眺めている。



だが……。
「い……や……」
栗栖から声が漏れる。
よく見れば、顔もまだ苦痛が残り、未だに力からの誘惑に従っていない。
「私は……あ…赤城……栗栖。……え、S.S.……B.の……戦士なん……て……、な、
なりたく……ない……」
「ほほう……。さすがはX−Fixのリーダーといったところか。ここまで変身が進んで
いるのに未だに自分の意思を保てているとは……」
「Ω様、私にお任せください」
傍らにいたレディバード・ドールが再び栗栖の下に歩み寄る。栗栖は頭を押さえたまま、
その場に立ち尽くしている。
レディバード・ドールは栗栖の肩当てにそっと手を当てて、彼女の耳元に自分の口を近づ
ける。
「さあ、もう苦しまなくてもいいのよ。私と共にΩ様にお仕えしましょう。……スタッグ
ドール」
囁きと共にレディバード・ドールの鎧が淡い赤色の光を放ち始めた。
「うわーーーーっ!」
栗栖の装着した鎧からも青い光が漏れ始める。
二つの鎧は共鳴するように光を出し続けていく。その光は次第にその眩しさを増していき、
赤と青の光が混じり合わせ、紫の光へと変わっていく。
その光は二人を包み込むと黒ずみ、闇となってその場を漂う。
闇の中で栗栖の心は消えていく。
彼女の顔には青いアイシャドウとS.S.B.の戦士としての模様が掘り込まれていく。
背中の羽のような鎧が開き、内部から2枚の光の羽が飛び出す。
彼女の手甲からは鋏のような鋭い2本の剣がその姿を現し、彼女の鎧は完成した。

……闇が晴れていく。
その中から赤い鎧が見えた。レディバード・ドールがΩたちに向かって歩いてくる。
レディバード・ドールがふいに左に避ける。その後ろには青い鎧の戦士が続いていた。
青い鎧の戦士はΩたちの目の前に立ち止まる。何も言わずに俯き加減でじっとしている。
「赤城栗栖、……いや、スタッグドール、気分はどう?」
Ωの問い掛けにスタッグドールと呼ばれた戦士は口元を緩ませる。
「はい。とても気持ちがいいです。Ω様」
顔を上げる。そこには邪悪な眼差しで正面を見つめる戦士の顔があった。
「お前はこれからS.S.B.の戦士として、その力を存分に発揮するがいい」
「はっ、このスタッグドール、Ω様に永遠の忠誠を誓います」
スタッグドールとなった栗栖は跪き、Ωに敬意を示す。その横ではレディバード・ドール
となった愛流も跪いて、Ω・θへの忠誠を示している。
「あとは瀬川或徒だけか……」
荒れた風が吹く。
その中でΩは更なる策略を巡らせていた。


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