Killer Dolls Another
T-fly様 作
scene2
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乾いた路面にバイクのエンジン音が轟く。
二台のバイクは緑が溢れる山奥へと走らせていた。
「愛流、本当にこっちで良いんだろうな?」
「うん、間違いない。こっちに反応があったんやもん」
運転する或徒の後ろで愛流は自信を持って答える。
それは数時間前のこと。
愛流がS.S.B.の妖気を感知したと言い出したのだ。
彼女の話だと最近気の動きを敏感になっているといい、今回この波長を掴んだのもその効果の一環だという。
本部への連絡は栗栖に任せ、三人は愛流が感じるという山奥のポイントへと急いでいた。
「反応、かなり大きいな……。ひょっとしたら、S.S.B.の親玉がおるかも知れへん」
「マ、マジかよ? だったら、もっと準備整えてから出てきた方が良かったんじゃねぇか?」
『その点は大丈夫よ』
ヘルメットの中に声が響く。それは後方から追ってきている栗栖の者だった。
『夏月さんは今、衛星による周辺の監視と対S.S.B.用の強化戦機の使用を申請に走ってくれているわ。援護は任せましょう』
「なら、良いけど……。はぁ……、いきなりボス戦かよ。もうちょっと、心の準備させてもらった方が良かったな」
変な緊張感に襲われ、或徒は少々浮き足立っていた。
しかし、或徒は知らなかった。
栗栖は本当は本部に対し、そんな連絡を入れていないことを。
愛流は本当はそんな波動を感じていないことを。
そして……
栗栖と愛流は「キラードールズ」という戦士に生まれ変わり、S.S.B.の幹部であるΩとΘの部下となって、或徒を罠に嵌めようとしていることを。
ひたすら、山奥へと走っていく二台のバイク。
栗栖と愛流がヘルメットの奥で不敵な笑みを零していることも或徒は全く気づいていなかった。

それから一時間が経った。
舗装された道を抜け、轍が深い泥道を抜ける。
すると、或徒の目に明らかに周りの自然とかけ離れた構造物が目に入る。
或徒はその構造物の前にバイクを止めた。
フルフェイスのヘルメットを抜いて、その構造物を見上げる。
そこにあったのは、遥か昔に営業を取り止めたリゾートホテルだった。
窓ガラスは散々に割れ、コンクリートの壁には無数の割れ目が走る。至る所で崩れたコンクリートや鉄骨が散乱する。時代に取り残された遺物に当時を思わせる華やかさはどこにも無かった。
 「おい、何か不気味だな……。お化けとかいそうだよ」
 或徒がそう思うのも無理はない。忘れられた廃墟という場所だけでなく、中は自然に支配された鬱蒼とした場所。そして、廃墟の中は延々と暗闇が続く。『気味が悪い』という言葉が相応しい光景だった。
 「愛流、本当にこの場所で合ってんだろうな?」
 強がりか、気合なのか、或徒の口調は自然と強くなる。
 「うん。ここに間違いない。この奥から気配を感じる」
 「本当かよ……。じゃあ、行くぞ」
 意を決して、或徒は廃墟に足を踏み入れようとした。
 だが、その足はすぐに止まる。
 「何だ……?」
 或徒の耳に微かな音が届いた。
 乾いた音だった。何かがぶつかる音……。その音は次第に大きくなってくる。
 そして、音が大きくなるにつれ、その詳細もわかってきた。
 ヒールとコンクリートがぶつかる音……。誰かの足音だ。
 それはだんだん大きくなってくる。
 或徒は廃墟の奥に広がる暗闇に目を移す。
 すると、薄っすらと人影がこちらへ向かってくる姿があった。
 影は徐々にはっきりとしてくる。
 そして、姿は露になった。
 「てめぇら、何者だ?」
 或徒は緊張感を高める。体勢も自然と戦いに備えている。
 現れた二人は明らかにこの世のものではなかった。
 冷たい鎧に人工物が形成する体、そして目元はバイザーで隠され、表情を窺い知ることは出来ない。
 「ようこそ。X-Fixの皆さん」
 「あたしの質問に答えろ! てめぇらは一体何者なんだ?」
 或徒の怒号に対しても、彼女たちの余裕は揺らがない。
 「私はS.S.B.の幹部の一人、Ω」
 「同じく、Θ」
 『S.S.B.』という言葉に或徒はようやく事の重大さをはっきり認識出来た。
 「すげぇな、愛流。本当にアジトを突き止めちまうなんてな……。じゃ、早速悪者退治だ。行くぞ!」
 「OK!」
 「うん!」
 「「FIX!!」」
 三人は掛け声と共に腕に嵌めたエナジーコンバータを翳す。
 直後、両腕から強烈な光を発すると彼女たちの体を包み込み、フィクスコートを形成する。彼女たちの戦闘体勢は瞬時に整えられた。
 そして、間髪入れずに或徒は二人に向かって飛び込んでいく。
 それに対してΘは腕に仕込んだ銃をセットし、弾を或徒へ撃ち込んでいく。
 しかし、突進は止まらない。或徒はその弾を見切りながら、確実に距離を縮めていく。
 「はぁ!」
 或徒は拳でΘの顔面に迫る。
 しかし、Θは肩からレイザーを飛び出させ応戦する。
 「おっと!」



 或徒はバランスを崩しながらもそれを避けると、様子を窺うために一度Θとの距離を広げる。緊迫感があるものの、息を乱している様子は全く無い。
 「さすがは瀬川或徒だな。素晴らしい反射神経だ」
 Θは或徒の攻撃に対し、冷静に分析し、微笑を浮かべている。
 「あたしのことを知っているのか……。敵さんの中では有名人ってとこかな」
 或徒の目は真剣なままだ。
 「瀬川或徒よ」
 傍らにいたΩは静かに口を開く。
 「何だ?」
 「貴様、私の部下にならんか? 貴様の身体能力は類まれなるものがある。私たちに身を委ねればより強大な力を得ることが出来る。悪い話ではなかろう」
 Ωの言葉に或徒はふっと笑みを見せる。
 「お断りだ。誰がお前らなんかの部下になるかよ」
 「まあ、簡単に決める必要も無いだろう。ゆっくり考える時間をやろう」
 「どれだけ考えても一緒だ。あたしはお前らを倒す!」
 「その後ろの二人はどうだ? 部下になればS.S.B.内部でも高い地位で招きいれよう」
 「答えは同じだって言ってるだろ! 栗栖も愛流もあたしと同じ考えだよ。な?」
 或徒は振り返って問い掛ける。
 だが、二人からの返事は無い。二人とも俯いたまま、正面から目を逸らしている。
 「……どうしたんだよ、二人とも?」
 問い掛け続ける或徒の心の中に不思議な感覚が生まれる。
 「……ダメよ、或徒。折角のΩ様の誘いを断っちゃ」
 「そうや。うちらを強くしてくれるって言うてるんや。喜ばないかんのと違う?」
 「えっ?」
 二人はX-Fixの戦士であるはずだ。しかし、聞こえてきたのはΩに対する、S.S.B.に対する賛辞である。或徒は耳を疑った。
 徐に二人は顔を上げる。
 その顔に或徒は驚きを隠せない。
 二人は笑っていた。しかし、いつもの明るい微笑みではない。邪悪な気配に包まれ、力に陶酔した妖しい笑いだった。
 あまりにも異様な雰囲気に或徒は思わず足を一歩後ろを下げる。
「一体、どうしたんだよ? 栗栖!愛流!」
緊迫感が張り詰めた声に栗栖はニヤリと笑った。
「或徒、Ω様もΘ様も本当に素晴らしいお方よ。私たちにこんな気持ちいい力を授けてくださったのだから……」
「なあ、或徒ちゃんもうちらと一緒にΩ様とΘ様に仕えようや。絶対幸せになれるで」
或徒は確信した。二人とも正常な考え方ではない。
何かを察したのか、或徒はΩたちの方へ振り返る。
「お前ら、二人に何をした?」
或徒は込み上げる怒りをぶつける。
その問いにΩは微笑を浮かべながら答える。
「その二人は力が欲しいと望んだの。だから、私が力を与えたの。そうしたら、彼女たちは私に忠誠を尽くしたいと言ったの。それだけよ」
「何?」
気がつけば、栗栖と愛流はΩたちの傍らに立ち、妖艶に或徒を眺めている。
「二人が進んでそんなこと言う訳ないだろ!」
「いいえ、私はΩ様に力が欲しいとお願いしたのよ、或徒」
「うちも同じやで。力が欲しくてたまらんかったんや。Ω様は素晴らしい力をくれたんや」
栗栖も愛流も虚ろな目で或徒に話す。口調もいつものはっきりとしたものとは違い、まどろみの中にいるかのようだった。
「目を覚ませ、二人とも!」
「私たちは正気よ。私たちはS.S.B.に永遠の忠誠を誓ったのよ」
「……じゃあ、ここに来たのも」
「そや。うちが或徒ちゃんをΩ様に引き合わせるために芝居したんや。勿論、S.S.B.のアジトはここには無いよ」
「或徒にもΩ様の素晴らしさをわかってもらいたいのよ。……言うまでじゃないけど、本部からの援護も来ないわ。だって私、何も言っていないから」
栗栖と愛流が本性を表してから予感はしていたが、或徒は最悪の状況に立たされていることを改めて認識した。
しかし、簡単にここを逃れることは出来ないだろう。
戦うしかない。
「何を言っても、ダメのようだな。こうなったら、お前らの顔を思いっきりぶん殴って、正気に戻してやるぜ!」
或徒は気力を体全身に込める。両腕のエナジーコンバータに眩い光が迸る。
臨戦態勢を整え、グッとΩたちを睨み付けた。
「……どうやら、体で私たちの偉大さを教えないといけないようね。栗栖、愛流、あなたたちの本当の力をかつての仲間に見せてあげなさい」
「「はい、Ω様」」
或徒の視界から隠すように、前に栗栖と愛流が立ちはだかる。
「そこをどけ!」
「嫌よ、あなたの相手はこの私たちなんだから」



宣戦の意思を表すと栗栖と愛流の額を中心に体の各所から不気味な光を宿す石が浮かび出てくる。
栗栖は青い石と、愛流は赤い石と一体になっていた。
「何だ……、それ……?」
二人の体の変化に或徒は呆然とした。
「ふふふ……」
二人の妖しい笑みと共に栗栖と愛流の体は現れた各々の石に体を包まれていく。
石はフィクスコートを取り込みながら、二人の体を取り巻く鎧へと変わっていく。
 栗栖はクワガタをモチーフにした青い鎧を、愛流はテントウ虫をモチーフにした赤い鎧を装着する。
 そして、栗栖のそれぞれの手甲から鋏のような剣が飛び出すと、目を見開く。
「スタッグドール、降臨」
愛流も兜の目が不気味な光を放つと、彼女も徐に瞳を開いた。
「レディバードドール、降臨」
ここに全身を妖艶な鎧に身を包んだ二人が本性を露にした。
「栗栖……、愛流……」
或徒は戦う姿勢を見せながらも、信じられない光景に言葉を失った。
「さあ、スタッグ、レディバード、あなたたちの解放された力、見せてあげなさい」
「はい」
Ωの言葉と共に、スタッグは跳び、或徒に襲い掛かる。
「はっ!」
スタッグは手甲の剣を素早く或徒に突きつける。
それに対し、或徒も拳でそれを退ける。
拳と剣がぶつかる、乾いた音が響き続ける。その音の感覚はあまりにも短く途切れない。
ただ、余裕の表情を見せるスタッグに対し、或徒は苦渋が見え始めている。
(早い……、これが栗栖の本当の力なのか……?)
戦う中で別の気配を感じる。
スタッグの剣を大きく振り払い、或徒は視線を切り替える。
そこには、霊力を高めるレディバードがいた。
「さあ、眠る者たちよ、あの者に裁きを!」
レディバードの叫びと共に大地から霊力の波動が無数に或徒に向かって飛んでいく。
「くっ!」
或徒は筋を見極めながら避けたり、拳で跳ね返したりする。
(愛流がこんな能力を持っているなんて……)
予想以上の攻撃に反撃が出来ない。
そして、或徒は一筋の波動を見逃してしまった!
「うおっ!」
波動は彼女の鳩尾を捉える。それで避けるペースを乱すと、繰り出される波動を次々と受けてしまった。
「くそ……」
それでも、体勢を立て直そうとする或徒に更なる気配が襲う。
或徒は咄嗟に振り返る。
「はぁ!」
スタッグは或徒に剣を振り翳す。或徒は懸命に太刀筋を閉ざしに掛かる。
「遅い!」
彼女の腕の動きを見極め、スタッグは剣の動かし方を変化させた。
「うわ――――――っ!」
スタッグの剣が或徒の下腹部を捉えると、或徒はスタッグの力によって、体を吹き飛ばされ、廃墟の壁に叩きつけられた。
「うう……」
或徒のフィクスコートは下腹部で大きく切られ、間から生身の肌が見える。顔も無数の擦り傷が痛々しい。ふらふらになりながらも或徒は再び立ち上がろうとする。
「さて、そろそろいいかしら……」
Ωは上に向かって自分の手を開く。すると、そこに緑色の石が現れる。栗栖と愛流に埋め込まれた石と同じ質感をしている。
その石をΩはグッと握る。
「さあ、わが下僕となるのよ、瀬川或徒!」
Ωは素早く握っていた石を或徒に放つ。
或徒は石が自分に向かっていることをはっきりと見えていた。
(やばい……。あれは……)
或徒はその石を払い除けようと腕を出す。だが、戦闘のダメージで腕は思うように動かない。
「うっ!」
或徒の腕を微かにかわした石はまるで誘われかのように或徒の眉間に張り付き、その身を沈めていく。
「う、うぉ――――!」
その石を起点に或徒の体の至る所から緑の石がその姿を現していく。
或徒は体を膠着させたまま、動くことが出来ない。
(嫌だ……、あいつらの下僕なんかになりたくない……)
石は彼女の支配を進めていく。だが、彼女の精神の強さのためか、最後に残された一人の意地なのか、鎧化は一向に進まない。
「この娘も正義の心を堅持して抵抗するのか……。スタッグ、レディバード、お前たちの力で彼女を導いてあげなさい」
 「「かしこまりました、Ω様」」
 スタッグとレディバードは妖しい微笑を浮かべたまま、或徒に埋め込まれた石と呼応するため、彼女に近づいていく。
 「!」
 だが、突然スタッグが振り返る。
 一本の槍が大地に突き刺さり、彼女たちの進行を止めた。
 振り向けば、或徒たちが来た道から一台のバイクがこちらへ向かってきていた。
そのバイクに乗る人物は廃墟の前にバイクを止まると、華麗にバイクから飛び降りた。
「誰だ!」
 Θの怒号にも似た声に意とすることなく、その者はフルフェイスのヘルメットを脱いだ。
 「……お、お前」
 苦しみながらも、或徒はその顔を見た。
 長く蒼い髪に凛々しい瞳。そこにいたのは同じS.S.B.を敵とする戦士、朝霧 恵の姿だった。
 「ど、どうして……ここに?」
 「あなたたちの後をつけてきたのよ。途中で見失いかけたけど、何とかここまで来ることが出来た」
 「なぜ、……後を……」
 「夏月から頼まれた」
 「夏月……さんに……?」
 恵は小さく頷く。

 それは数日前のこと。
 「恵、良いわよ」
 夏月は自分の研究室に恵を呼び寄せていた。
 「大丈夫なのか、勝手に私を研究室に呼び込んだりして……」
 X-Fixの規定により、研究室は極秘情報を多大に管理しているため、関係者であっても当人以外の出入りは禁止されている。
 「大丈夫よ。どうせ誰も見張っていないし、あなたがここに来たぐらいどうってことはないわ」
 「それで、話って何? 外では話せないと言っていたけど……」
 肝心の話題を切り出すと明るかった夏月の表情が一変した。
 「気のせいかも知れないんだけど……、何か栗栖と愛流の様子がおかしい気がするの」
 「栗栖と愛流……。あのフィクスコートの戦士たちのこと?」
 「ええ。何て言えばいいんだろう。……雰囲気が変わったっていうか。……言葉遣いとか仕草なんかは一緒なんだけど……。纏っているものが違うような気がするの」
 上手く説明出来ないことに夏月はもどかしさを感じている。
 「私、柊先輩がいた頃から彼女たちと長い間接してきて、ある程度のことは言われなくても理解出来るつもりでいるの。で、ここ最近、あの二人は特に変わった気がするの。なぜって言われてもわからないんだけどね。何か違和感を覚えるの」
 夏月の言葉を恵は黙って聞き続ける。
 「で、あなたにお願いがあるの。しばらく、あの子たちを監視してもらえないかしら?」
 「私が?」
 「ええ。私はこの通り思うように研究所から抜け出すことが出来ない。それを頼めるのはあなたしかいないの」
 気がつけば夏月は両手で抱えるように恵の腕を握っていた。その力は強く、彼女の心の叫びを反映するかのようだった。
 「お願い。もし、何かが進んでいるとしたら、手遅れになるかもしれない。……恵、力を貸して……」
 夏月の声は詰り気味になっている。
 「……わかった。力になれるかどうかはわからないけど、夏月の気持ちを受け取るわ」
 「……ありがとう。そうだ、あと、あなたに渡しておきたい物があるの」
 「渡しておきたいもの?」
 そう言うと夏月は恵の元を離れ、研究室の一角にある棚の引き出しを開けて、何かを取り出した。
 「これを……」
 夏月は手を恵の掌に置き、そっと手を開く。
 その物に恵は目を見開き、少し動揺する。
 「これは……由美子さんに預けていた……。でも、何で夏月が?」
 「もしものことがあったらって、柊先輩から預かっていたの。おそらく或徒はまだあなたのことを恨んでいる」
 或徒の話に恵は伏し目がちになる。過去の自分が何かしたことは後の話で理解していた。
だが、その関係を打開出来ないことを恵は今も悩んでいた。
 「これを見せて、あなたが感じる気持ちを伝えれば、きっと或徒はわかってくれる。だから、これを持っていて」
 夏月は恵の手から離れると、彼女の手を握らせるようにそっと手を包み込んでいく。
 「わかった。これはまた私が預かる」
 ―そして、恵はここ数日、密かに或徒たちの行動を監視していたのだった。
 
 再び廃墟の前。
 Ωは予想外の出来事にも淡々としていた。
 「誰かと思えばシルヴィーではないか」
 「シルヴィー……? 何を言っているの。貴様と会うのは初めてよ」
 恵は静かな口調で答えた。
 「……なるほど。X-Fixの奴らに記憶を消されたか。まあいい。ここに貴様の出番は無い。おとなしく帰れ」
 「そうはいかない。私は仲間を助けるために来たの。或徒と栗栖、そして、愛流は連れて帰らせてもらうわ」
 「ふふふ……。既に手遅れだ。彼女たちはもう我が手の中にある。抵抗するだけ無駄だ」
 「それはやってみなければわからない」
 恵はブレスを翳す。由美子が基礎を作り、夏月が遺志を受け継ぎ完成させた進化型のフィクスコートを転送する装置だ。夏月を含むごく一部のスタッフで内密に開発を進めていたため、まだ使用しての効果は全くわからないが、置かれている現状を考えれば、こうするしかない。
 「行くわよ……」
 「待て!」
 変身しようとする恵をある声が止めた。
 それは或徒の声だった。或徒は石の誘惑に耐えながらもゆっくり立ち上がろうとしていた。
 「これは……私の戦いだ。お前は手を出すな……」
 恵に向ける目には怒りが篭もっていた。恵はその様子に言葉が出てこない。
 「例え、お前が……別の人間に……なったとして……も、私は……お前を許さない」
 自由が聞きにくい中、或徒は手を翳し、エナジーコンバータを通じて、ある物を出現させる。
 それは短刀だった。柄と鞘には色とりどりの糸が巻かれ、華やかな一品だった。
 或徒はその小刀をグッと握る。
 「お前に朱鳥が殺されたことは一生忘れないって心に決めたんだ! そんな仇のお前に助けられる訳にはいかねぇんだよ!」
 力を振り絞り、或徒は言った。
 或徒は昔、恵がシルヴィーであった頃、一緒に作戦を遂行していた坂本朱鳥(あすか)という今の三人組を結成する前の同僚をシルヴィーによって殺されていた、苦い記憶があった。彼女の憎しみはそこから放たれていたものだった。
 恵は黙って彼女の様子を見ていた。当然彼女に記憶は無い。だが、それは真実である。今の恵にどうすることも出来ない。
 心を痛ませながらも、恵はある物を取り出す。それは夏月から返された物だ。
 「或徒、これを見て欲しいの」
 「な……何だ……よ」
 或徒は虚ろになる目の中、恵の握られた物に焦点を合わせる。
 その物の正体を知った時、或徒は息を飲んだ。
 恵の手に握られたもの―それは一つの髪飾りだった。鳳凰が描かれた七色の髪飾り。その髪飾りを或徒は忘れていなかった。
 「何で……、何で……お前が……それを持っている?」
 「わからない……。でも、私が私である時からずっとこれを持っていたの」
 「……まさか」
 或徒には、ある思いが去来していた。


 あの日は暑い日だった。
 そんな中でS.S.B.の活動が確認されたのは、日がちょうど天の真上にいた時だった。
 当時、駆け出しの戦闘部門の活動員だった或徒は指揮に従い、前線に出ていた。
そして、彼女の親友で同僚の坂本朱鳥も別の前線で戦っていた。その中で不運にも一人になっていた朱鳥はシルヴィーと出くわし、対峙せざるを得なくなっていた。
新人と幹部。戦いの結果は見えていた。朱鳥はシルヴィーとの戦いで衰弱し、あと一太刀で全てが終わろうとしていた。
シルヴィーはそんな彼女の元へ歩み寄る。
「貴様の体、改造に耐えうる素質を持っている。強がらずに我が元に来い。素晴らしい力を与えてやる」
「い、嫌……。改造なん……て」
その誘いに朱鳥は懸命に身をかわして抵抗する。
「まだそんな力が残っているのか。ならば、私が無理矢理にでも連れて行ってやる」
「やめて……」
シルヴィーが朱鳥に手を掛けようとした時だった。
「みんなと……戦わされるぐらいだったら……」
朱鳥は後ろに隠していた、守り神にしている短刀を引き抜くと間髪入れずに自分の胸に突き立てた。
「何?」
意外な行動にシルヴィーは驚愕する。そして、朱鳥に近づいた。
「なぜだ……なぜ、そこまでして、あの連中を守ろうとする……?」
朱鳥は静かに顔を上げる。その表情は穏やかなものだった。
「……みんなが……或徒が……大好きだから……だ、だから……敵になんか……なりたくない」
朱鳥はそう言うと自分の頭に手をかけ、つけていた髪飾りを外して自分の手に納める。それは或徒から送られた七色の髪飾りだった。
「お願い……。或徒に……伝えて。私がありがとうって……言ってたことを……」
そう言いながら、朱鳥はシルヴィーの手の中に髪飾りを握り込ませる。
「どうして、私にそれを託す? 私はお前の敵なんだぞ」
「……でも、……綺麗な瞳を……しているから……。あなたになら……託せ……るような……気が……」
全てを語らずに朱鳥は瞼を閉じて、動かなくなった。
「おい、貴様!」
『何か声がしたぞ!』
遠くで声が聞こえた。問い質す時間も無く、シルヴィーはその場から急いで去った。


それから、恵はずっとあの髪飾りを持っていた。そして、X-Fixに来てそれを由美子に見せた。真実を悟った由美子は何度も或徒に話をしたが、或徒は受け入れずに今日まで来た。恵も見ると辛いといって、髪飾りを由美子に預けて、今日まで来ていたのだ。
ふと或徒は恵の顔を見た。
恵は泣いていた。何も言わずに流れる涙で頬を濡らしている。
「なぜだかわからない……。だが、これを見ると自然と涙が出てくる。涙が止まらないの。私は……何かを伝えるようにあなたに言われたかも知れない。でも、それも思い出せないの。あなたにそれを伝えられないのは……辛い」
彼女の瞳は真っ直ぐに或徒を見つめていた。その瞳は心の全てを語っていることを示していた。
「そんな……、本当に朱鳥は……」
或徒は動揺する。朱鳥が残した短刀を目に自分の答えを見つけようとしていた。
「ははははははは……」
突然、辺りに笑い声が木霊する。それはΩからのものだった。
「何を言い出すかと思えば、そのようなことか。シルヴィーよ、その話、本当に真実なのか?」
「……何だと」
恵はΩに振り返る。その拳は強く握られ、彼女の怒りの度合いを示していた。
「何を言おうとその親友は戻ってこない。瀬川或徒よ、よく考えてみろ」
「或徒、奴の話を聞いてはいけない!」
その直後だった。
「ぐっ!」
Ωの傍らにいたΘが体から剣を取り出し、恵に切りかかったのだ。
恵は太刀筋を見極め、かわすと、懐に飛び込み、彼女の手首を押さえ込み、剣の動きを止める。昔の記憶が体に残っているのか、彼女が隠す武器の位置を自然と避け、Θもこれ以上の展開を繰り出せないでいる。
一方の恵も或徒に気を回せず、救いを出そうとしてが、その言葉は遮られた。
その間にΩは更に或徒を誘惑する。
「あの時、シルヴィーが攻撃しなければ親友は死ななかったのだ。やはり、シルヴィーがお前の親友を殺したのだ。心を開くことは無い。あの女はお前の敵なのだ」
「あいつは敵……。いや、でも、あの涙は本物だった。……あたしは……あたしは」
確かにあの攻撃が無ければ、朱鳥は死ななかった。
でも、あの時のシルヴィーはいない。
彼女は本当に朱鳥のために涙を流した。
私は彼女を許すべきなのか……。
それとも……。

『オマエノ心ノ闇、見ツケタ』

或徒は目を大きく見開く!
「う、うぉ――――――!」
大きな叫びと共に或徒は頭を抱えると身を大きく仰け反らせる。
額に埋め込まれた緑の石が妖しく光る。すると、体に埋め込まれた各所の石が変化を始めた。
太股に現れた石は彼女の脚を包み込むとフィクスコートと融合し、ヒールが着いたレッグアーマーに変わった。
手の甲の石は肘に鋭い槍がついた手甲に、腰に現れた石は彼女の臀部を包み込みながら、鋭い爪がついた腰当てになった。
更に胸元に現れた石は彼女の胸周りを蠢くと彼女の胸を押し上げながら固まり、胸当てに変化する。その上、石は肩まで波及し、虫の腹部を思わせるような肩当てに変わっていく。
「うっ……、うわぁ……」
体を緑の鎧に支配されながらも、或徒は懸命に自分を保持しようとしている。
だが、石は容赦なく或徒を変えていく。
最後に残された額の石は大きくなると、彼女の頭を包み込み、カブトムシの頭部を象ったような兜が位置づいた。そして、体を覆っていた正義のフィクスコートは、悪の鎧のベーススーツに吸収融合されていく。
「い、嫌だ……。た……助けて……。……恵」
彼女は頭を抱えたまま、助けを求める。
「或徒!」
自分の名前を聞き、その声に応えようとする恵。だが、Θに遮られ、全く動けない。
「さあ、生まれ変わるのだ、瀬川或徒!」
「うわ――――――――ぁ!」



或徒と融合した鎧は緑色の光を放つ。その光は眩く、辺りの視界を遮るほどだ。
その中、或徒の背中から虫の羽が飛び出すと、背中と羽から黄色い光の羽が飛び出し、兜の虫の目が黒く鈍い光を放った。
そして、その光が収まると、或徒は力無くその場に立ち尽くしていた。
「或徒!」
恵はようやくΘを押しのけ、或徒に駆け寄ろうとする。だが、或徒の様子に恵の足はすぐに止まった。
「ふふふ……。変身は成功よ。さあ、目覚めなさい、瀬川或徒……いや、最後のキラードール、ビートルドールよ」
Ωの呼びかけに変身した或徒は笑みを浮かべる。それは邪悪な笑みだった。
或徒はゆっくりと顔を上げた。
彼女の顔には緑のアイシャドウが引かれ、顔には鎧との融合が完全であることを示すタトゥーが現れていた。
「はい、Ω様」
「気分はどうだ?」
「はい、最高です。体から迸るこの力……、とても気持ちがいい」
或徒の心も鎧により書き換えられ、S.S.B.に永遠の忠誠を誓う悪の戦士へと変わっていた。
「そうか……。では、そこにいる裏切り者でその力を試すがいい」
「はい。仰せのままに」
Ωの言葉に或徒、いや、ビートルドールは体を恵に向き直す。そして、その傍らにスタッグドール、レディバードドールも近寄ってくる。
二人の瞳も恵を捉えていた。
「さあ、あなたたち、新しい力を昔の仲間に見せてやりなさい。正義なんてこの世に無いことを教えてあげるのよ」
「はい、Ω様」
「我々の敵、X−fix」
「お前の命、戴くぞ!」
キラードールズの3人が武器を手に一斉に恵に襲い掛かる。
「Fix!」
恵は咄嗟に叫び、強化スーツを装着する。
望まない戦いが始まろうとしていた。




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