冬の色合いが強くなり始めた街。
寒さに体が縮こまっているせいか、人は風を避けるように足早に家路へ急ぐ。
街は静かさに覆われていた……。
「待てーっ!」
一声が街を切り裂く。
1人の女子高生が懸命に手を伸ばし、街中を駆ける。
「はぁはぁ……」
その前には後ろを気にしながら、人ごみを掻き分けて走っていく男の姿。
息絶え絶えになりながら足を進める男の手には、女性物のハンドバッグが握り締められていた。
次第に女子高生と男の距離が縮まっていく。そして…
「やぁー!」
女子高生が逃げる男に飛びついた。
「ぐわぁ!」
男はバランスを崩し、前から路上に倒れこむと、女子高生に体を極められて動けなくされてしまった。
「やったー!」
疲れ切った男に対して女子高生は平然としたものだった。
「篤子ーっ!」
取り押さえられた男と女子高生の下へ別の女子高生と警官が血相を変えて駆け寄ってきた。
「篤子、大丈夫?」
息を荒げる女子高生に対し、男を取り押さえた女子高生、三国篤子は笑みを浮かべる。
「平気平気。大した事無いよ」
2人が話をする間に男は警官に腕を抱えられ、連行されていく。
男が持っていたバッグも警官が取り上げるとそのそばにいた老女に渡された。
どうやらひったくられたようだ。
「君、大丈夫だった?お手柄だけどあんな無茶しちゃいけないよ」
話す2人の女子高生の下に警官が寄ってくる。
「私、こんなの平気です。体力だけには自信あるんで」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
溢れんばかりの笑顔に警官は少し困った顔をする。
「もお……、篤子、お巡りさんが言う通り、あんまり無茶しちゃダメだって」
「心配しないでよ。このぐらいじゃあの人に近づけないんだから」
「あの人……って、篤子が言ってたあの人?」
「そう。X−Fixのあの人。いつか会って、あの人のために、正義のために、X−Fixの一員になるんだ」
誇らしげな笑顔で堂々と答えた。
篤子には思い出があった。
数年前、黒衣を纏った女性たちが家を襲撃してきた。
訳もわからず逃げ惑う家族。
その周囲も襲撃されたのか、近所からも人々が飛び出していく。
篤子もその人の中にいた。父や母は篤子を守ろうと必死だった。
逃げていく中、隙をつかれ、いつしか黒衣の女性たちに囲まれていた。
父と母は辺りに落ちていた物を手に持ち、混乱しながらも対峙している。
もうダメだと思ったその時。
特殊スーツを纏った女性が瞬間に篤子たちの前に入ると、襲いかかろうとした黒衣の女性たちを次々と撃退していく。
思わぬ反撃を受け、その場から逃げる黒衣の女性たち。
最悪の事態は避けられたが、訳がわからないまま、篤子は体の震えを止められないでいた。
「大丈夫?」
突然、優しい声が耳元に届いた。
声の主は頬に触れ、篤子を癒そうとしていた。
……不思議だった。自然と震えが止まる。
声の主が着ていた白衣が安心感をもたらし、篤子はようやく平静を取り戻した。
彼女の目に映っていたのは、メガネを掛けた髪の長い女性の姿だった。
薄暗い部屋に3人の女性が座っている。
「そろそろ、新しい戦士を送り込まなくちゃ……」
1人の女が鞭を手に静かに立ち上がった。
プロフェッサー・エイミー、S.S.B.の幹部の1人だ。
「そうですね。そろそろ計画を進行させていきましょう〜」
副官クィンスが声を弾ませる。
「でもね、今回は並の奴じゃ嫌よ。こんな季節だからこそ、最高の戦士を作り出したいわ。……とびっきりのクリスマスプレゼントとしてね」
「きゃは。楽しそう」
「それには優秀な素体を用意したいところだけど……」
「候補ならいるわよ」
紅茶を啜りながら、様子を窺っていた神彌弥が呟いた。
「あなたにしては珍しいわね。……で、誰なの?」
微笑むエイミーに神彌弥は一枚の写真を差し出す。エイミーは写真を手に取り、クィンスはそれを横から覗き込んだ。
写っていたのは、ショートヘアの若い女性だった。
「うわぁ……、何か過激そうな子」
「諜報部員からの情報でね、この子、X−Fixに強い憧れを持っているそうなの。極秘に調べた改造特性も問題無い。X−Fix志望者を改造して、敵として送り込む。これ程のプレゼントは無いでしょう」
神彌弥は妖しい笑みを浮かべて、ティーカップを置いた。
「面白そう! 早速、この子を捕獲に行きましょう、エイミー様」
クィンスがはしゃぎながら、エイミーに顔を向ける。
だが、そこには彼女が考えもしないエイミーの反応があった。
彼女は無言のまま、写真を見つめていた。鞭を振るい狂喜する、いつもの姿とは違う、無言で目を見開いている。まるで頭の中で何かを手繰り寄せている様に見えた。
「エイミー様!」
クィンスの強い呼び掛けがエイミーの意識を引き戻す。我に返ったエイミーは咄嗟に写真をテーブルの上に置いた。
「……ところで、神彌弥、良いの? 貴方が見つけ出したこの子、あたしが持っていっちゃっても?」
「ええ。私は別の場所で適正者を見つけたところなの。幾人も抱え込んでいても効率が悪いだけだし、今回は貴方にこの子を譲るわ」
「そう。じゃ、この子を呼びに行こうかしら」
エイミーは踵を返し、部屋を後にする。
「クィンス」
「はい?」
神彌弥はエイミーに続いて部屋を出ようとしたクィンスを小声で引き止める。そのまま、彼女を自分の下へ呼び寄せた。
「神彌弥様、どうかしました?」
「実はね……、この子の補足情報を教えておこうと思って」
「なら、エイミー様を……」
「ううん。これはエイミーに聞かれるとマズい事なの。……これは、この子と柊由美子の繋がりの話なんだから」
陽気だったクィンスの表情が引き締まった。
「あなたにだけ特別に教えてあげる。きっと、この三国篤子を捕まえる、確実な方法を生み出せると思うわ」
ベールの向こうで神彌弥の口が不気味に緩んだ。 |