「それでさ……」
篤子と共に2人の女子高生が話に花を咲かせながら、通りを過ぎていく。
「篤子、今度、CD貸してあげようか?」
「うん! お願い」
満面の笑みを見せたその時だった。
「きゃあ! やめて!」
突如、篤子の耳に悲鳴が微かに飛び込んでくる。他の2人は話に夢中になって、その声に気がついていない。
篤子が悲鳴の発生下と思われる、分かれ道の一角を覗き込む。
彼女の目に映ったのは、羽交い絞めにされて、その腕に抵抗する女性の姿だった。
その光景に篤子は驚きに包まれる。
眼鏡を掛けた女性に見覚えがある。数年前に絶望の縁に立たされていた時に声を掛けてくれたあの女性に酷似している。女性は徐々に路地裏に体を引きずられていく。
「篤子?」
篤子の異変に他の2人もようやく気がついた。
「ごめん、今日用事を思い出したんだ。先に帰ってて!」
「あっ! 篤子!」
振り返り、一瞬で2人に事情を告げると女性が姿を消した方向へ飛び込んでいく。
あの人を助けなきゃ……。
警察や大人に告げる事も頭から消えていた。以前、自分を救ってくれた人を今度は自分が助けなきゃいけない。それが例え人違いでも、今自分がやらなければならないんだという強い気持ちが彼女の心を支配していた。
戦闘員は由美子に戻したエイミーの体を路地裏に待機させていた車に乗せ、発車させる。
篤子も近くに放置してあった自転車を見つけ、軽快に飛び乗って、車の後を追う。
車は速度をやや落として、道を進んでいく。しっかりと篤子が追う姿を確認しながら。
そして、車中ではクィンスが不敵な笑みを後方に投げかけていた。
車は街の外れにある廃工場の前に止まった。
ドアが開き、クィンスと戦闘員、そして由美子が降りてくる。戦闘員が由美子の腕を掴むと廃工場の中へ入っていく。
それからしばらくして、自転車に乗った篤子も敷地の中へ入ってくる。
彼女の目に留まったのは、女性が乗せられていた車。間違いない。女性はここにいる。
篤子は自転車から降りると臆する様子も無く、廃工場の中へ入っていく。
重い扉を開けた先には、真っ暗な空間が広がっていた。開けた扉の上方から飛び込んでくる光が内部の様子を伝える。何も無い空間の奥に小さなテーブルとソファーが一脚置かれている。
篤子は息を一つ飲むと、ゆっくりと工場の内部へ足を進める。
彼女が工場の中心部に近づいた時だった。
工場の扉が鈍い音を響かせながら、外界との境を閉じていく。
「あっ!」
篤子は急いで戻ろうとしたが、扉は完全に閉じられる。
同時に工場内に光が点る。眩い光に篤子は手を翳して、強い刺激を避ける。
「ようこそ」
場違いに明るい声が響く。篤子が視線を移すとソファーの近くでクィンスが満面の笑みで立っていた。
「あなた、誰だ?」
「ふふふ……。あたしはS.S.B.の副官、クィンス。……X-Fixの敵って言ったらわかりやすいかな」
『X-Fixの敵』この言葉を聞いた篤子の目に怒りが表れる。
「じゃあ、さっきの人は……」
「あっ、見てたの? X-Fixの科学者を拉致していた現場を」
クィンスの、陽気に話す様子に篤子はさらなる怒りを覚える。そして、拉致された人が自分の恩人に間違いない事を確信していた。
「今すぐ、その人を解放しろ!」
自分の置かれた立場を頭に置かずに、怒号を上げる。
「きゃあ、怖い。そう、怒らないで。わかったわ。彼女を解放してあげる」
「えっ……」
予想外の答えに篤子は拍子抜けを食らった。
「そのソファーに座って待ってて。すぐに彼女を連れてくるから」
クィンスは工場の奥へ姿を消す。
篤子は迷っていた。
これは罠かもしれない。こんな易々と事が進むと思えない。
でも、またあの人に出会える……。
由美子への憧れが不気味に構えるソファーに近づかせる。しかし、どうしても座れない。
彼女がソファーが置かれた壁際に立った瞬間だった。
壁を突き破る音と共に、篤子の足が何かに捕らえられる。
「うわぁ!」
突き出した金属の触手は篤子の手首と首、腰を捉え、壁に大の字にされて、貼り付けられる。
「これは……」
彼女の動きが封じられたのを確認して、クィンスが再び姿を見せた。
「ふふふ……。そう簡単に返す訳ないじゃない」
「やっぱり」
「今は自分の身を心配した方が良いよ。三国篤子ちゃん」
「どうして、僕の名前を……」
篤子が驚く最中、彼女の体が横に寝かされていくと、天井からガラスと思われる透明な物質が降り、彼女の体を覆う。彼女の周りの壁が壊れ、怪しい点滅光が無数に放たれる機械が現れた。篤子は機械の中に閉じ込められていた。
「捕獲は完了したの? 官子」
篤子が現状に苦しむ中、クィンスの横に1人の女性が現れる。鞭を持ち、ボンテージの衣装を着たエイミーだった。
「すみません、エイミー様。この子1人しか捕らえられませんでした」
「もう、まったく……。役立たずなんだから」
「えへへ」
不満そうなエイミーにクィンスはおどけた笑顔を見せる。クィンスは由美子をエイミーに戻した際、さっきの殺伐としたやりとりの記憶を消していた。今、エイミーの脳裏にあるのは、三国篤子を捕らえる目的、そして、それが達成された事だけだ。
「まあ、良いわ。三国篤子さん、これから良い夢を見せてあげる」
「どういう事?」
「今からあなたはS.S.B.の改造人間になってもらいます」
「何だって!」
篤子は身を揺さぶって、拘束具を外そうとする。だが、そんな柔な事で外れる代物であるはずがない。
「X-Fixに憧れる少女が、X-Fixを憎む改造戦士になる。素敵なシナリオだと思わない?」
「嫌! そんなの嫌!」
必死に篤子が叫ぶ。しかし、状況は変化しない。腕に、足に、体に渾身の力を込め、最後まで希望を捨てない。
「じゃ、早速始めるわよ」
「はい」
冷徹な微笑を浮かべながら、エイミーは改造マシン「オールインワン」のスイッチを入れる。
その直後、篤子が寝かされた台から強烈な黄色い光が放たれる。機械の中には薄緑の液体が瞬時に満たされ、彼女の足や腕に様々な色の触手が貼りついていく。
「嫌だ! 嫌だ〜っ!」
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