〜獣たちの宴 戦闘員増員計画〜
T-fly様 作
scene1
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ここはS.S.B プロフェッサー・エイミーの研究室。
その一角にある不気味に発色する岩で出来たテーブルを囲み、エイミーとクィンス(官子)が紅茶を口にしてくつろいでいる。
「どうですか、エイミー様?」
自分のカップを握ったまま、クィンスは紅茶を飲むエイミーの姿をいつもの掴みどころの無い表情で見つめている。
その言葉を気に留めず、エイミーはしばらく紅茶の香りに耽っている。
「……官子にしては上出来ね。美味しいわ」
「ありがとうございます、エイミー様」
「さて、このくらいにして、次の計画を考えないと……」
カップを静かにテーブルに置いた時だった。
「ご機嫌いかがかしら? プロフェッサー・エイミー」
ある声にエイミーがその手を止め、顔を上げる。
その目に映ったもの。それは同じ幹部の1人、Ωが壁に凭れ掛かり、エイミーを見ている姿だった。
「珍しいわね。あなたが私の研究室に足を踏み入れるなんて」
「ええ。少しあなたとお話ししたくてね」
Ωはゆっくりとエイミーへ近づいていく。
「Ω様、紅茶でもいかがです?」
クィンスの明るい声が一瞬静寂を裂く。
「いいわ。紅茶は合わないの。こういう体だから」
「あっ、そうでしたね。ごめんなさい」
Ωの答えを聞き、クィンスはテーブルにある2つのカップを持つと、それを持って研究室を後にした。
「悪いけど、これから研究を再開するところなの。用件なら早くして」
エイミーは少し口調に不機嫌さを出している。
「なら、簡潔に言うわね。お願いがあるの」
「お願い?」
「ええ、あなたの元にいる、羊の能力を持つ戦士。彼女を私に頂けないかしら?」
「ストレイシープを?」
ストレイシープとはエイミーが大学界屈指の陸上ハードル競技のアスリート、玖羊眠子(くよう みんこ)を改造して誕生させた、羊をモチーフにした戦士である。
「なぜ彼女なの?」
「首領様から勢力拡大指令を頂いてね。その遂行にはどうしても彼女の能力が必要なのよ。どうかしら?」
Ωは自信があるのか、余裕の表情が浮かんでいる。
そんなΩの顔をエイミーはしばらく黙って見つめていた。
静寂はしばらく続いた。そして……
「……わかったわ。好きにしていいわよ」
その答えにΩの口元が小さく緩んだ。
「そう。ありがとう。じゃ、またね」
Ωは踵を返し、研究室を後にする。
戻ってきていたクィンスは慌ててエイミーに駆け寄った。
その対応は予想外だった。
普段のエイミーの性格ならば、Ωの要求を断って、嫌悪感を露にしているはずだ。
しかも、Ωは自分の作戦のためにエイミーが創り上げた改造戦士を持っていってしまう。
その内心は穏やかであるはずはない。
「エイミー様、どうしてですか? ストレイシープをあんな簡単にΩ様に渡しちゃうなんて……」
「わかっているわよ!」
厳しい口調でクィンスの言葉を遮る。
クィンスは黙ってしまった。
エイミーは悔しそうな表情を浮かべ、鞭をギュッと握り締めている。
「なら、どうしてですか?」
「どちらにせよ、結果は一緒だからよ。迂闊だったわ。あんな能力を持った幹部がいたなんて……」
その一言でクィンスはエイミーの意図を読んだ。
エイミーが創り出す改造戦士には様々なタイプが存在する。生体変化、薬品反応、生物融合、寄生……。常に強力で忠誠を貫く戦士を研究し続けている。
そんな中でストレイシープは彼女の頭に取り付けた羊頭型の制御装置によって生体変化と思考変換、肉体強化を促し、活動している改造戦士である。
つまり、彼女の主体となるものはメカ。メカはΩΘ姉妹の専門カテゴリーの中にある。
例え拒否したとしても、強制的にストレイシープを支配し、Ωの下へ強奪されるだろう。
最初から答えは決まっていたのだ。
「官子、あんたがもっと早く他の幹部の情報を私に伝えないからこうなるのよ!」
エイミーは今にも爆発しそうな勢いでクィンスに迫る。こうしてもどうにもならないことは彼女にもわかっていたが、煮え滾る不満を抑えるにはこうするしか思いつかなかった。
「そ、そんなこと、言われても……。エイミー様、何とかストレイシープを奪い返す手段を考えましょう」
「無駄よ。機械の下ではΩは絶対だからね。今回は悔しいけど諦めるしかないわ。それより、より強力な戦士を生み出し、首領様に認めてもらうのが先決よ」
エイミーは振り返ると、真っ直ぐに研究室の奥へと消えていく。
その後姿には怒りからの燃えるような闘志が大きく湧き起こっているように見えた。


時しばらくして。
とある街の一角。陽はすっかり西の空に落ち、紅い光が水平線を染めるのみになっていた。街灯が灯り、その下を行き交う人はまばらだ。
「はぁ……。なかなか調子上がらないな」
ブラウンのダッフルコートにタイトスカートを着た女性が俯き加減でトボトボと街中を歩いている。
彼女の名前は玖羊眠子。近くの体育大学でスポーツ生理学を学びながら、ハードル競技の日本代表を目指し、日々競技に打ち込んでいる。
「最近、あんまり寝られないが影響しているのかな」
このところ、眠子はスランプに陥っていた。タイムは上がってこないし、競技をやっていても充実感が無い。それが競技に対して不安感を招く。悪いスパイラルに落ち込んでいる。
「……あれ?」
眠子は顔を上げ、ふと足を止める。
気がついたら、眠子は暗い袋小路にいた。
さっきまで光がある広い道を歩いていたはずなのに……。
この辺りはよく歩いている道だし、どこかで曲がった記憶は彼女には全く無い。
「なんで、こんな所にいるの、私?」
再び元の道に戻ろうとした時だった。

―変身しなさい。ストレイシープよ。

眠子の頭に声が響いた。
彼女は目を大きく見開く。
「うっ! ……あああ」
眠子は自分のバッグが落ちることにも気を留めず、頭を抱え苦しみ出す。
「何……、頭が……」
大きく体を動かし、揺さぶられるような見えない波動に耐える。
眠子が顔を上げる。そこにはいつの間にか額に白い羊頭の形をした額飾りが彼女の頭を覆っている。
その飾りの羊の目がキラリと光る。
「うわ――――――――――ぁ!」
彼女の叫び声と共に彼女が身につけていた服が全て吹き飛ぶと、同時にグレーの透き通るようなストッキングと白いレオタードが全身を包み込む。



「はぁ! ……あああ」
苦しむ眠子に構わず、羊毛のような白く毛深い繊維が付いたブーツとグローブ、羊の角を模した肩当てと羊頭のエンブレムが付いた胸当てが次々と装着されていく。
「い、嫌……。やめて……」
心の変化に及び始め、思わず眠子は顔を上げる。
そんな彼女の頭から髪の毛を掻き分け、羊の角が両サイドから生えてくる。
立派にその形を誇示すると、彼女の目を隠すように黒いバイザーが表れた。
全ての変化が終わると同時に、眠子の体はふらふらと揺れると、その場に四つんばいになって崩れ落ちた。肩で小さく息をしている。

―目覚めるのだ、ストレイシープ。
頭に響く声に従い、変身した眠子は静かにその場に立ち上がる。
―気分はどうだ?
「……ふふふ、とても気持ちがいいです」
不敵な薄笑いを浮かべて、眠子は答える。
玖羊眠子が身も心もストレイシープとなった瞬間だった。
―それはいい。早速お前に指示を与える。
「はい……。……?」
シープは聞こえてくる声に疑問を覚えた。いつものエイミー様の声ではない。
「その声は……Ω様」
―そうだ。私はΩ。お前の新しい主人だ。
「新しい主人……、どういうことですか?」
シープは静かに問い掛ける。
―私の作戦のためにお前を貰い受けることになった。そのことはエイミーも了解している。
「エイミー様も……? ……わかりました。エイミー様の命ならば、このストレイシープ、Ω様のために尽くしましょう」
―嬉しい答えよ、ストレイシープ。……すぐに我が元へ。
「はっ!」
ストレイシープは一瞬にして路地から姿を消した。
彼女の持ち物だった物も同時に消え、袋小路は再び元の景色に戻った。


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