〜獣たちの宴 戦闘員増員計画〜
T-fly様 作
scene3
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件 吉乃がシー・カウとして覚醒してから一ヶ月が経った。
 ここは、X-Fixの職員たちが住んでいるマンション。
寒さが身にしみる朝時、その中にある一つの部屋のリビングにこたつを囲んで座る三人がいた。
 「寒いな〜、今日。こんな日はこたつでみかんが一番や」
 嬉しそうに顔を紅潮させた愛流がみかんを頬張っている。
 「愛流、これで何個目だよ? そんなに食うと太るぞ」
 「何よ! 或徒ちゃんやって、ずっとみかん食べ続けてるやないの!」
 指摘の通り、或徒の両脇にはみかんの皮が山積みになっている。
「いいんだよ。あたしは普段から戦いで体を動かしているから問題ないんだ」
「そんな言い訳、通用する訳ないやろ!」
「やめなさいよ、二人とも」
熱気を帯び始めた言い合いに栗栖が割って入る。
「そろそろ研究所へ行かなくちゃいけない時間でしょ。夏月さんも待ってるはずだし、準備を始めないと……」
部屋の主である栗栖は徐にこたつのスイッチに手を伸ばす。
「あ〜っ! 栗栖、ストップ!」
その間に或徒の手が割って入る。
「何よ、或徒、どうして止めるの?」
「だって寒いじゃんか。もうちょっと、ゆっくり行っても怒られねぇよ」
「そやそや。どうせ私たちが行っても何の役にも立たへんし、夏月さんたちに任せても大丈夫やって」
「でもね、最近また女性が失踪する事件が発生しているのよ。S.S.B.の仕業かも知れないというのに……」
“さあ、ここですよ。皆さん!”
突然の呼びかけに三人は視線を集められる。それはテレビからの声だった。
“今、人気のイートインのスイーツショップ、スイートストロベリーです。たくさんのお客さんがN高原の牛乳をふんだんに使ったケーキを求めて行列を作っています”
そこに映し出されたのは、寒空の中、有名店のケーキを求めて並ぶたくさんの人々の様子だった。
「ケーキか……。でも、寒い中、よう行列並んでケーキ食いに行けるな……。私は無理や」
愛流はそう呟き、こたつにさらに潜り込む。
「あたしもダメだ。ケーキよりも暖かい方がいいな」
或徒も動こうとしない。
「もう! 早く行かないと本当に夏月さんに怒られるわよ!」
強い口調で栗栖が諭すが二人の様子に変化は無い。
「大丈夫だって。この路面だから、バイクが思うように進めなかったって言えば、許してもらえるって」
「そ〜や。だって、寒いんやもん。もうちょっと暖まっときたい」
「そんな言い訳バレたら、夏月さん怖いわよ〜」
「心配無いって。ああ見えて、夏月さん、意外と鈍感だから」
「研究始めたら周りが見えんようになる人やもんね。ちょっとぐらい大丈夫やって……」
“聞こえてるわよ”
 聞き覚えのある声にくつろいでいた或徒と愛流の表情が強張った。
 それは栗栖が嵌めた通信機からだった。あまりにもだらしない二人に呆れた栗栖がこっそりスイッチを入れたのだ。
 勿論、声の主は三人の上官である夏月だ。
“そんな言い訳している場合じゃないでしょ! こっちは失踪事件の調査で忙しいっていうのに! 早く準備して出てきなさい!!”
「は、はい!」
二人は飛び上がって返事をすると慌しく準備を始めた。


その日の夜。
テレビで放映されていたスイート・ストロベリーは未だにたくさんのお客さんで賑わっていた。しかも、午後十時を回っているにも拘らず、席に座っているのはみんな二十歳前後の女性ばかりだ。
それもそのはず。表の看板には“ナイトパック 女子大生限定食べ放題 お一人様500円”と書かれている。女の子たちが寄り付かない訳が無い。
そんな賑やかな客席を背に店員たちは黙々と働いている。
「だけど、凄い人だね。ここのケーキ、そんなにおいしいんだ」
「そりゃ、吉乃ちゃんが責任者をやってるお店なんだから、当たり前だって」
「そんな……。ケーキは職人が作って、私は牧場主さんにお願いされてお手伝いしているだけですから……」
「バイトに来て一週間だけど、ちょっと体に来始めたかな……。練習に響かなきゃいいんだけど……」
「あっ、そういえば、玖羊さんはハードルやってるって言ってましたよね?」
その店員の中に玖羊眠子と件 吉乃の姿があった。
そう。ここは既にS.S.B.に制圧されていたのだ。牧場の制圧に成功したΘは、牧場主に成り代わり、戦闘員たちを送り込み、改造適正を向上させる成分を入れたケーキをこの店を使い提供していたのだ。勿論、二人の記憶はΩによって書き換えられている。
さらに他の店員も牧場で働く女性や吉乃の同級生を改造して誕生した戦闘員たちである。ただ、Θの指示が無い限り、戦士や戦闘員としての記憶は封じられ、普段通りの生活を送っている。
そして、その記憶は間もなく復活しようとしていた。
 「みんな、お疲れ様」
 店の奥から一人の女性が現れる。吉乃たちと同じエプロン姿だったが、他の店員たちよりも気品が高く、魅惑的な女性だった。
 「あっ、牧場主さん、いつこちらへ……」

「作戦を始めるわよ。二人とも」

透き通る声。その声は二人の頭に響いていく。
眠子と吉乃の手が止まる。
その奥で作業をしていた他の店員たちも手を止めて、呆然としている。
Θの目が光る。
それに呼応するように、眠子の額には羊頭の額飾りが現れ、吉乃がつけたペンダントの目が怪しく光り、彼女の頭に黄金のリングが現れた。
「うっ……」
二人とも呻き声を挙げながら、頭を抱え込む。
しばらくして、二人は直立不動に体勢が変わると、何も言わず正面を見据えている。
ただ、眠子の目には光が無く、吉乃の目は赤く染まっていた。
「さあ、これから新しい仲間を迎える準備を」
「……かしこまりました、Θ様」
中にいた店員たちは抑揚の無い声を揃えて、忠誠の挨拶を口にした。

その様子に気づかない店の中にいる客は未だに歓喜の声を挙げながら、ケーキを口にしている。
「あれっ?」
突然、店の電気が消えた。
外の月明かりだけ差し込み、辛うじて中の状況がわかる程度の明るさは保っている。
「皆様、お待たせしました」
突然聞こえてきた声に客たちは会話や食べる手を止めて、一点を見つめる。
そこには、店の中央で眠子が誇らしく立っている姿があった。
勿論、額には羊頭の額飾りがついている状態だ。
その脇には戦闘員である店員たちがズラリと並んでいる。
客たちはざわめきを見せる。顔を見合わせるもの、辺りを見回すものなど反応は様々だ。
「ようこそ、Sueet StrawBerryへ。これから、皆様には素晴らしい夢をお見せいたしましょう」
客たちのざわめきは大きくなる。
その様子に眠子は妖しい微笑を浮かべる。
「Ω様に、S.S.B.に仕えるという、光栄で素晴らしい夢をね」



この言葉と共に、額飾りの羊の目が光ると、眠子はストレイシープの姿に変身した。
店員たちもそれに合わせて、戦闘員姿に変わる。
突然のことで客たちは混乱しながらもどうすればいいのかわからずに、まごまごしている。
「はっ!」
そんな客たちに対し、シープの角から催眠波が放たれていく。
シープの近くにいる客から、魂を抜かれていくように崩れ落ち、眠りに入っていく。
「キャ−−−−−−!」
その様子を見た客たちは我に帰ると、悲鳴を挙げながら、出入り口へ必死に向かっていく。
だが、出入り口の前には吉乃が立ちはだかっていた。
「逃がさないよ……」
力を込める吉乃がそう呟くと、黄金のリングの輝きと同時にシー・カウに変身する。
逃げようとした客たちがシー・カウの前で立ち往生する。
「姐さん、ホーンモードで押し返しちまいな!」
「おう!」
Gozzの指示でシー・カウはさらに体に力を込める。
その効果で、彼女の角が何倍もの太さに大きくなると、体をうねり、暴風を巻き起こす。
「キャ−−−−−−!」
風に飲み込まれた客たちは耐え切れずに、宙を舞ってシープの元へ押し返される。
押し返された客は抵抗する間もなく、シープの催眠波を浴びて、眠りについてしまった。
客の悲鳴と混乱で包まれた店内は数分で静寂になった。
歓喜で騒いでいた客たちは皆眠りに落ち、その様子をΘ、シープ、シー・カウは邪悪な笑みで見つめている。
「さすがは姐さんたちだ。今回も見事だぜ」
「まだ終わりじゃないわ。仕上げよ、シー・カウ」
「はっ」



Θの指示に立っていたシー・カウは両手を肩のところで組み、再び力を込め始めた。
「はぁ……」
目を閉じ、気を集中させる。
その様子を、Θ、シープ、シープの肩口に立つGozzは黙って見ている。
シー・カウが見開く!
「はっ!」
力を解放するように両腕を大きく開くと同時に、体の側部にある突起から白い液を大量に噴き出していく。
液体は眠る女性に次々とかけられていく。
全ての女性にかけられ、シー・カウは噴射をやめる。
やがて、液体は女性たちを包む白い膜へと変わり、中の様子が見えなくなった。
「さて、どんな娘が出てくるかしら」
Θが呟いた瞬間、白い膜から赤く光る二つの光が見える。
それは一つだけではなく、あらゆる場所で次々と見え始める。
その様子にΘは微笑んだ。
「さあ、生まれ変わった者たちよ、我が前に姿を見せるのよ」
Θの言葉と共に白い膜は破られ、中にいた女性たちが出てくる。
女性たちが着ていた衣服は全て消え去り、黒いレオタードに牛の角を生やした者と白いレオタードに羊の角を生やした者が半々に分かれていた。
ただ、姿が変わった者全員の目に光は無く、じっとΘたちを見つめている。
「皆の者、S.S.B.に永久の忠誠を」
その言葉に変身した女性たちは次々と跪いていく。
「はい。Θ様、なんなりとご命令を」



歯向かうことなく、綺麗に整列し頭を下げる。彼女たちはΩΘ軍団の戦闘員として生まれ変わったことを証明した。
ところが、中には戦闘員には変化せずに衣服のみが消えた女性も若干だが残っている。
「おっ、残った女性が二名もいるぜ。今日は多いほうだな、Θ様」
Gozzは機嫌良さそうにそのことに気がついた。
「そうだな。その二人は改造戦士の適正を持つ者だ。丁重にΩお姉様の元に運べ、いいな?」
「イッ――――――!」
生まれたばかりの戦闘員たちはΘの指示に威勢良く答えると、二人の女性を抱え、アジトへのルートを開いている店の奥へと消えていった。
「今日もご苦労様だったわ、ストレイシープ、シー・カウよ」
「はっ!」
シープとシー・カウは一礼し、Θに敬意を払う。
「また何事も無かったように店を戻して、お前たちはそれぞれの家へ戻れ。また明日も頼むぞ」
「かしこまりました、Θ様」
戦闘員たちに指示を出そうとシープとシー・カウはΘの元を去る……
「待て、ストレイシープ」
「はっ?」
突然、Θがシープを呼び止めた。シープは不思議そうに振り返る。
「お前が来て、作戦は順調に進んでいる。シー・カウとも相性が良い。お前に目をつけて良かった」
「そんな……。お褒めの言葉、光栄にございます」
「ただ……」
「ただ?」
「エイミーの改造は生ぬるい。私がパワーアップさせてやろう」
「えっ?」
戸惑うシープを前にΘの目が光を発する。
「うっ! ううっ……」
シープは頭を抱え、苦しみ始めた。
「頭が……、頭が……!」
「そう。あなたは完全に私たちの配下になるの。能力を強化すると共に完全に私たちを慕う戦士になるようにね。エイミーのスパイなんかになってもらったら困るから」
額飾りの目が光を放つ。同時に苦しんでいたシープが静かになり、その場に立ち尽くした。
「ストレイシープ、あなたの気持ちを聞かせてちょうだい」
その言葉にシープはΘの前に跪いた。
「はい、Θ様。私はΩ様とΘ様の戦士です。お二人に永遠の忠誠を誓います」
「素晴らしい心掛けよ。頼むわね」
「はっ!」
闇の中にある更なる闇。同じ勢力下でも互いのプライドと権限がぶつかり合う瞬間がそこにはある。


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