〜獣たちの宴 戦闘員増員計画〜
T-fly様 作
scene2
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一方。
街の喧騒は全く聞こえない、緑の草に覆われた大地がそこにはあった。
T県にあるN高原牧場。すっかり陽が落ち、闇に包まれた一帯の中にポツリと灯りを放つ建物がある。
トタンで覆われた建物の中に土の地面と藁。そして、立ちこめる独特の匂い。
「もぉ〜」
至る所で牛が小さく鳴いている。
牛舎の中で牛たちの一日が終わりを迎えようとしていた。
「よし……。いい子だね」
そんな中、繋がれた牛の前でその顔を撫でる、つなぎ姿の女性があった。
彼女の名前は件 吉乃(くだん よしの)。獣医を目指し、現在牧場へ研修に来ている女子大生だ。最初は小さな動物病院で犬や猫の世話をしたいと思っていたが、いつの間にか牛に惹かれ、今回の研修で牧場の仕事にも興味を抱き始めたことで進路を悩んでいる。
健康状態のチェックが終わり、吉乃は足元にある医療道具を片付ける。
「吉乃ちゃん」
突然、牛舎に声が響き、吉乃の手が止まる。
顔を上げるとその先に顎鬚を生やした大柄の男が吉乃の下へ歩いてきていた。
「ああ、牧場長さん」
吉乃は満面の笑みで彼を迎える。
「ご苦労さん。牛の体調まで診てもらってすまないね」
「いえ、好きでやっていることですし、勉強にもなります」
「そうかい。嬉しいね。大学卒業したらうちに来てもらいたいぐらいだよ」
「本当ですか!?」
吉乃の目が輝く。
「ああ。もし良ければ、その時に考えておくよ。さあ、もう日は暮れた。家に帰ろうじゃないか」
「はい。でも、まだ少し用事が残ってますので」
「なら、私も手伝おう」
「あの……、お言葉ですが、一度自分で全部やり切ってみたいので、私にやらせてもらえないでしょうか?」
「そうかい。わかった。じゃあ、私は戻っているよ。何かあったら、気兼ねなく呼んでくれ」
「はい」
全幅の信頼を置き、牧場長はその場を後にした。
その姿を見送ると、吉乃は再び医療道具の片付けを始める。
「さあ、早く終わらせないと……」
その時、胸元で違和感を覚えた。ふと吉乃は自分の手を止め、その場所を見下ろす。
そこには、赤い牛のペンダントがあった。吉乃が気に入って掛けているものだ。
「何だろう……」
吉乃はペンダントに手を掛ける。そのペンダントを見つめた時だった。
彫刻であるはずの牛の目が一瞬光を放ったのだ。
(姐さん、仕事でさ!)
頭に響く声。
吉乃は目を見開く。
「ううっ……。あああ……」
呻き声を挙げながら、吉乃は自分の頭を抱え込む。
しばらくして、変化が起こる。
彼女の頭から耳にかけて、黄金のリングが嵌められていく。
その直後、頭から天に向かって二本の角が生えてきたのだ。髪の毛を巻き込みながら、角は鋭く彼女の頭の上に立った。



「ううっ!」
彼女が顔を上げる。彼女は意気込みながら歯を食い縛り、目を赤く光らせている。
「うぉ――――――――――−!」
叫び声を挙げながら、吉乃が腕を胸の前で組むと、その腕を覆うように黒と白の親指に大きく鋭い爪がついた巨大なグローブが彼女の腕に装着する。
続いて、黒い長靴が裂けると同時に彼女の足を牛の蹄を模したブーツが現れ、彼女の脚を包み、一体化していく。
さらに、四つのパーツが光を放つと吉乃が着ていたつなぎが消え去り、彼女の体を黒く輝くアーマーがついた、胸元が大きく開いた白いレオタードが覆っていく。
開いた胸元は紫に染まり、まるで牛が立ったような姿に変わる。
変化は顔に及び、髪の毛が逆立ちながらピンクに染まると、髪の間を縫うように左右から牛の耳の形をした細胞が飛び出してくる。
最後に彼女の胸元に牛の鼻輪を模した黄金のパーツが現れると、吉乃は息を乱したまま、何も言わずにその場に立ち尽くす。
「どうでい、姐さん、気分の方は?」
変身した吉乃の前に牛の顔に四肢が生えた奇妙な生物が立っている。
それは先程まで吉乃のあのペンダントに化けており、吉乃の変身に合わせて、正体を晒すことになっている。
声を掛けられた吉乃は口を緩ませる。
「……ああ、最高の気分だよ」
そこには、先程まで優しく牛の世話を見ていた吉乃の面影は無かった。
顔は白く染まり、目を真っ赤に染め、息を乱している。
まるで、牛が興奮しているかのように。
「ああ……。血の匂いが欲しい。私が求めてる。鼻をくすぐる極上の匂い……。暴れたいよ……」
邪悪な心に包まれた改造戦士が誕生した瞬間だった。
「改造は成功だったようね」
変身した吉乃の前に人影が現れる。
冷たい鎧に全身を包んだ女性だった。
「あっ、これはΘ様」
牛の生物が慌てて頭を下げる。
そこに現れたのはS.S.B.の幹部の一人で機械軍団を統率するΩの妹、Θだった。
「初めての変身、見せてもらった。素晴らしい」
「へっ!」
「ご苦労だったわね、Gozz。この娘は心の底まで改造が進んでいるわ」
「へっ、お褒め頂きありがとうごぜえます!」
Gozzと呼ばれた牛の生物はさらに深く頭を下げる。


それは、半年前のことだった。
件 吉乃に目をつけたΩは彼女を手に入れるため、人間体に化けたΘを通じ、Gozzが化けた牛のペンダントを彼女に渡した。
ペンダントの催眠効果により、知らないうちに彼女の心の裏側には丑女―シー・カウとしての意識を徐々に植え付けられていった。彼女が牛に惹かれていったのはこの影響が出ていたためだ。
そして、ある程度催眠の効果が植えつけられたところで吉乃をΩの前に呼び寄せ、彼女に変身するためのリングを装着させた。
アジトに連行された記憶を消された吉乃はリングの効果により、精神だけでなく、肉体も徐々に丑女に変身させられ、数日前に改造が終わり、その時を待っていた。
そして、変身は見事に成功したのだ。

Θは吉乃の前に立つ。そして、自らの目を光らせた。
「うっ! うぉ……」
吉乃は小さく声を上げると先程の興奮が消え、おとなしくなった。
Θはリングの制御装置を通じて彼女の心を支配したのだ。
「件 吉乃……いえ、シー・カウ、Ωお姉様とこの私に忠誠を誓いなさい」
立ち尽くしていたシー・カウはゆっくりと跪き、顔を上げた。
「はい、Θ様。このシー・カウ、S.S.B.に永遠の忠誠を誓います」
「ふふふ……。それでいいわ、シー・カウ。早速お前に命ずる」
「はっ!」
「今からこの牧場を制圧する。そして、戦闘員増員計画の準備に入るのだ」
「かしこまりました」
「なお、この計画はお前だけでなく、この者とやってもらう。入ってこい!」
Θに促され、一人の女性が牛舎に入ってくる。白いレオタードに羊毛のような繊維と羊の角、そして、羊頭の飾り。そう、現れたのはストレイシープだった。
ストレイシープはシー・カウの横に並ぶとΘの前に跪いた。
「こいつはエイミー様の配下であるストレイシープじゃねぇか。Θ様、これは一体どういうことでい?」
シー・カウの肩口に立つGozzは不思議そうにシープを見つめている。
「今回からストレイシープは私たちの配下となった。彼女の催眠効果はこの作戦でも生きるはずだからな」
「なるほど。流石はΩ様だ。計画にぬかりはねぇってわけだ」
Gozzの言葉にΘは彼を睨みつける。
「えっ……、いや、Θ様も立派なお方ですぜ。よっ、日本一!……違った、世界一!」
勝手なGozzにΘは少し呆れる。だが、それに気を留めたのは一瞬だった。
「……まあ、いい。そういうことだ。頼むぞ、シー・カウ」
「私一人でも十分ですが、Ω様の命ならば是非もありません。ストレイシープと共に計画を実行いたします」
シー・カウは頭を下げる。
「では、まずはこの牧場の制圧だが、シー・カウ、一暴れしてもらうぞ」
Θの言葉にシー・カウの口元は大きく緩む。
「お任せください。ここにいるのは小さい人間ばかり。この私が一瞬で終わらせて見せましょう」
「待て。手加減無しでいくのは男と改造に耐えられない女だけだ。若く美しい女には傷をつけるな」
「はっ、加減ができるかどうかはわかりませんが、善処いたします」
「ストレイシープよ」
「はっ!」
「女性を捕らえるのは貴様の役目だ。お前の催眠光線で惑わせ、Ωお姉様の元へ連れていくのだ。特に改造戦士の素質がある者は丁重に扱え。良いな」
「かしこまりました」
シープは頭を下げ、Θの言葉に答えた。
闇の中に広がる不穏な前触れ。牧場に勤める者や吉乃と共に研修に来た女子大生たちはこれから起こる悲劇など知る由も無かった。


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