Rising Red 〜G-fix Get Going!〜
ニシガハチ様 作
scene1.Hesitation  1-1
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打ちっ放しのコンクリートの壁と床は、照明を反射することでその冷たい印象を増している。
およそ100メートルほどの廊下のような部屋の隅、壁を背にして一人の女性が直立不動の姿勢で待機している。
身に纏っている漆黒のスーツは、「彼女」のプロポーションを強調するかのように肌にピタリと密着したものだ。



<G-fix system start up>

天井に備えつけられたスピーカーから発せられた、機械による無機質な音声がコンクリートの内装に響き渡ると、
「彼女」の体が赤い光を纏う。
やがてその赤い光は「彼女」の胸や腰の周り、肘・膝から先の手足に収束し、各部を覆う硬質な紅のプロテクターへと変化する。
最後に赤い光が「彼女」の額に集まっていき、プロテクターと同じ色のヘルメットとなって頭部を包み込み、
長い黒髪がヘルメットに納められると「彼女」の目の前に深緑色を湛えたゴーグルが降りる。

<Grace Armament set up……and……G-fix system is complete>

機械音声ともに、「彼女」の体を包む黒いボディスーツと赤いプロテクターに幾何学的な模様を描く幾筋もの光が走る。
光の筋は同様にヘルメット内の「彼女」の顔にも浮かび上がり、それはまるでシャーマンのタトゥーを連想させる。
やがて全身に走る光の筋が発光をやめると「彼女」はゴーグルの奥の瞳を見開く。
そこには確固たる意思、そして僅かばかりの緊張の色が浮かんでいる。
「彼女」が左腰に取り付けられていた長さ30センチほどの金属の棒を片手で体の正面に構えると、
同時にその先端が飛び出し一瞬にして2,3倍はあろうかという長さになる。

<Trial…… Start>

あくまでも平坦で冷静な調子を変えない音声に続けて、けたたましいばかりのアラーム音が室内に響くと、
「彼女」の前に伸びるコンクリートの床のあちこちから人の形を模した黒いオブジェクトが飛び出すように現れる。

オブジェクトの出現に反応し、「彼女」は獲物を見つけた肉食獣のように金属の棒を構えたまま走り出す。

真紅の稲妻が部屋の中を駆け抜けた。
人の生身の器官でとらえられたのは、ほとんど一つに重なった複数の打撃音と電流の流れる音、
そして電気によって何かが焦げたような匂いだけだった。

気がついたときには「彼女」は廊下のもう一方の端、一際大きなオブジェクトに向かって金属棒を振り下ろす瞬間だった。
だがそれより早く、廊下の途中に配置されていたオブジェクトが「彼女」の方へ振り返る。

「!」

その気配を「彼女」が感じ取ったときにはすでに、赤いレーザー光線がオブジェクトに取り付けてある発光機から放たれた後だった。
金属棒を振り下ろすモーションから不自然な体勢でそれを横っ飛びに避けようとしたが、
レーザー光線は跳躍するために伸ばした「彼女」の脚を捉えていた。
同時に室内には騒がしいブザーの音と、機械音声が流れる。

<Trial is over……You're failed……>

聞き続けていると不快感さえ覚えるその音の中、「彼女」はヘルメットの中でため息をつきながら立ち上がる。



「ふぅー……」

この時、コンクリートの部屋の中の「彼女」と同時にため息をついている女性がいた。
コンクリートの室内と一枚のガラス板で隔てられた小部屋にいる柊由美子(ひいらぎ ゆみこ)である。
並べられた様々な精密機械やモニターなどのせいで、部屋の中に2人しかいないにも関わらず室内には狭苦しい雰囲気が漂う。



「また失敗ね……夏目君、どう?」

「7秒28……タイムだけなら、十分に世界記録なんですがね」

立ったまま腕を組んで「彼女」の様子を見ていた由美子に対し、座ってモニターを見ている夏目と呼ばれた白衣の男が答える。

「ダメダメ、いくら時間が早くても攻撃が正確じゃなきゃ意味無いわ」

「……最近の「ジーフィ……」いやいや「彼女」、どうも調子の波が大きいですよね。心理グラフもこんなに乱れて……」

夏目がモニターの右上、規則正しい曲線による波形が、途中から鋸の歯のようなギザギザの線に変わっているグラフを指して言う。

「これって、やっぱ例の<ブラックボックス>のせいですかね、主任?」

夏目はモニターから目を離し、傍らの由美子を見上げながら問いかける。 しかし、由美子はそれに答えることなく身につけているインカムのマイクをオンにして語りかける。

「恵、今日はもういいわ。上がってちょうだい」

マイクを通して由美子の声がコンクリートの床や壁に響くと、今度は反対に「彼女」の声がモニタールームに返ってくる。

「いえ、私ならまだやれます」

明らかに不満と悔しさを含んだ彼女の声を、由美子の声が遮る。

「ダメよ。調子のよくないときにいくら頑張っても時間の無駄だわ」

「でも……」

不服そうなその言葉を、再び由美子は頑として断る。

「これはプロジェクト主任としての命令よ」

そのピシャリとした冷たい口調は、典型的な古いタイプの女教師のそれを思わせた。

「……そのかわり、別の仕事を手伝ってもらえるかしら?」

さっきとはうって変わり、優しい口調で窓の向こうの「彼女」に語りかける。

「それも、プロジェクト主任としての命令ですか?」

組んだ腕を頭の後ろに沿え椅子の上で大きく背中を反らす夏目がからかうように言ったが、 由美子は黙ったまま、コンクリートの檻の中の「彼女」
―――X-fixの改造人間「G−fix」こと朝霧恵(あさぎり けい)を深く考え込むような視線で見つめていた。



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