Rising Red 〜G-fix
Get Going!〜
ニシガハチ様 作 |
scene2.MonsterfromBlackMist 2-1 |
(ごめんね……恵。あなたを騙すつもりじゃないの……)
確かに彼女の記憶を偽り、「正義のため」という大義名分のもと半ば強引な形で協力してもらっているのは許されないことかもしれない。
だがしかし、彼女に、今の恵に事実を告げたとしても、それはさらに彼女を苦しめるだけでしかないのだ。
操られていたとはいえ、シルヴィーとして犯してきた罪業は恵一人で背負えるものではないだろう。
最悪の場合、そのショックで再び彼女の中のシルヴィーが目覚めてしまう可能性もゼロとは言えない。
それを考えれば黙っているのが一番だ。
「それに……囁くのはもう1人の私だけじゃない……あの瀬川って娘のことも頭から離れないんです……」
「瀬川……ああ、SP研の或徒ちゃんのことね」
2人の口にした瀬川或徒とは、X-fixのもう一つの主要部署・SP(Special Potential-power)研究所に所属する少女のことだ。
彼女はSSBとの戦いの最中、親友の命をシルヴィーの手によって奪われたことから、今でも恵のことを恨んでいるのである。
しかもその事件が或徒の能力を爆発的に覚醒させるきっかけとなったのだから、運命とは皮肉で残酷なものだ。
恵がX-fixに所属してからしばらく後、或徒が所用で由美子たちのいるサイバネティック研究所を訪れたことがあった。
その時タイミング悪く2人が顔を合わせてしまった。
恵の顔を見るなり体をわなわなと震わせ顔を真っ赤にしていく或徒。
そんな彼女を見て反応に困っていた恵に対し、或徒が思わず「力」を使ってしまったのだ。
幸いにもその場はなんとか大事には至らずにすんだが、その事件は恵の心にいつまでも残ることになった。
「あれは……あの時も言ったけど、彼女も気が動転してて……」
「違います!あの時の彼女の目……そしてあの言葉……あれは確かに私に向けられた憎しみによるものでした……」
恵の言葉が由美子の弁明を遮った。 「ねえ、由美子さん。私の過去に何があったんですか?私は何のために戦ってるんですか?教えて下さい!」
恵がテーブルを叩き立ち上がると、その音に数少ない店内の客が一斉に振り返った。
「恵……落ち着いてちょうだい……今はまだ言えないけど、いつか時が来たら必ず話すわ……それまでは、私を信用して」
由美子は激高した恵をなんとかなだめようとする。
「『何のために』……か。私ね……子供のころ、ヒーローに憧れてたの」
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興奮収まりきらない様子の恵に対し、少し間をおいて由美子は唐突に語り始めた。
「今もそうだけど、私、昔っから漫画やテレビのヒーローものに夢中だったのね。
……テレビや漫画の中のヒーローが、さっそうと現れて鮮やかに怪獣や悪人を倒して人々を守る……
そんな姿に憧れた私の将来の夢は、女の子らしいお嫁さんでも花屋さんでもなく「正義のヒーロー」だったわ……」
他の人が聞けば笑い飛ばしてしまいそうな由美子の言葉を、恵は黙って真剣な表情で聞いていた。
「だけど、大人になっていくうちに色々あって段々とわかってきたの……現実ってのは予想以上に厳しいんだ、って…」
「由美子さん……」
「でもね、私じゃヒーローにはなれなくても、ヒーローのお手伝いならできる。そう思ったからこそ今の私がいるの」
由美子は恵の手を取り、彼女の手を両方の掌で包み込む。
その温もりは恵に、由美子と初めて出会ったあの日のことを思い出させる。
「……あなたに今の仕事、そして私の夢を託してしまうのは正直申し訳ない思ってるわ……
でも、あなたはさっき「何のために戦うのか」って聞いたわよね? ……ヒーローって何かの目的のために戦うんじゃないと思うの。
例えば目の前に襲われてる人がいたら「助けなきゃ」って思うでしょ。そういう気持ちが大事なんじゃないかしら……?」
「ちょっと……頭を冷やしてきます」
恵は少し照れた様子を隠すように、由美子の手を振りほどきながらくるりと踵を返すと、店の外に出て行く。
「そうね……それがいいわ」
由美子もあえて恵を追うようなことはせずその背中を黙って見送ると、荷物から携帯電話を取り出しある番号にかける。
「あ、糀谷君?ごめん、ちょっとだけそっちに行くの遅れそうなの。
うん、そう例の彼女なんだけどね。ちょっと今情緒不安定みたいで……うん、また電話するから。それじゃ」
電話を切った由美子は、残された3つの荷物を見てため息をつくのだった。
「どうやって運ぼう……この荷物……」
そのため息を吹き飛ばすかのように、由美子の手にしていた携帯電話が着信音を奏でた。
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