―――ピンポーン
不意の訪問のベルに呼ばれた道上綾乃は、恋人が来ることになっている約束の時間にはまだ早いなと思いながらも玄関口まで出ていく。
そして覗き窓から外を覗くと、そこには彼女の同僚である安和木美奈子が立っていた。
望んでいた相手とは違ったが、親しい同僚では無下にするわけにもいかず、綾乃は何の疑いも無くかけていたドアの鍵を外して美奈子を招き入れた。
「こんばんは、綾乃先生」
「美奈子先生……どうしたんです、こんな時間に?」
知り合いの前とは言え、Tシャツにジャージのズボンというあまりにもラフな格好で出てしまったことを後悔しながら、
綾乃が一瞬しまった、という表情をメガネの奥の瞳に浮かべる。
「ええ、保育園のことでちょっとお願いが……」
「お願い?」
「お話」とか「相談」と言われたならば感じ得なかったであろう違和感に綾乃が首を傾げたその一瞬の隙をついて、
美奈子は綾乃の身体に覆いかぶさるように抱きつく。
「……ちょ、ちょっと、美奈子先生?何を?」
惑乱する綾乃とは対照的に、あくまでも態度を変えず美奈子は彼女の耳元に囁きかけるように言った。
「お願いというのはですね……綾乃先生には私の下僕になって働いてもらいたいんです」
「えっ?…………痛っ!」
美奈子の言葉に疑問を感じる暇も無く、鋭い痛みが綾乃の身体を縦に貫いた。
美奈子に抱きとめられている彼女にはわかりようもなかったが、右腕の肘から先だけハマダラ蚊女の姿に変えていた美奈子の人差し指が
細く長大な針と化して綾乃の首筋に突き立てられていたのである。
普通の人間であればそんなものを差し入れられただけでショック死しかねないほどの巨大な針管であったが、
綾乃が痛みを感じたのは最初の一瞬にすぎなかった。
「ふふふ……ちょっとチクリとするけど、すぐに気持ちよくなるわ」
「あっ……」
今や全身をハマダラ蚊女としての本来の姿へと転身させていた美奈子の言葉どおり、最初の痛みなど綾乃の神経から消え去ってしまっていた。
次いで、彼女の目に映る見慣れた部屋の光景がぐるぐると回り始める。
(ふふ……さすがはエイミー様謹製の麻酔薬。予想以上の効き目だわ)
首筋に突き立てられるとともに綾乃の体内に送り込まれた麻酔薬は、通常の蚊が血を吸う前に肌に注入する唾液を濃縮・改良したものである。
一瞬にして獲物の全身に行き渡ると、その身体から抵抗の意思と力を奪い去ってしまう。
その効果を示すかのように、美奈子の身体を払いのけようとしていた綾乃の腕がハマダラ蚊女の肌の上を力なく滑り落ちていってしまう。
「あ……あ……あぁ……」
あまりの効き目のせいか、美奈子に抱きすくめられたまま綾乃は呆けたような視線を宙にさ迷わせている。
同時に、綾乃の身体の中では痛みを感じなくなるどころか、それを通り越して今まで感じたことのない気持ちよさが湧き上がってきていた。
それは、この後彼女の部屋を訪れることになっていた彼女の恋人からもついぞ与えられたことのない、未知の感覚―――
綾乃自身は自覚するはずもなかったが、この時彼女が着用していた部屋着のジャージの股間の部分は、
水を浴びせられたように湿り気を帯び始めていた。
「うふふふ……」
ハマダラ蚊女は右手の人差し指を首筋につき立て、全身の骨を抜かれたようにすっかり脱力しきった綾乃の身体を左腕で支えてやりながら、
その乳房から生えているハマダラ蚊の脚を、それとほぼ同じ高さにある綾乃のバストにのばしていく。
部屋でくつろいでいたためか、それともこれからやってくる恋人のためか、ブラジャーなど身につけていなかった綾乃の形のよい胸を
Tシャツ越しに蹂躙していく6本のハマダラ蚊の節のある脚。
麻酔薬の副作用の1つで、快感を何倍にも増幅させられるようになっていたため、ちょっと触れただけで乳首の形がTシャツに浮き出てしまう。
「あまり遊んでる時間はないんだけど……綾乃先生は特別サービスよ」
「あぁ……あぁん………あぁ……」
何も考えられない。気持ちいい―――ただひたすらに気持ちいい。
水面に浮かぶ木切れのようにただ与えられる快楽の波に身を任せながら、本能のままに喘いでいる綾乃。
玄関の床面にはいつの間にか染みが出来ている。
だが今まさにこの時も、彼女の体内に注ぎ込まれた麻酔薬のもう一つの効果が、彼女の身体を、そして精神までも作り変えるために
働いていることに彼女自身が気づくことはなかった。
「その代わりといってはなんだけど、ちょっとだけあなたの血をいただくわね」
「あぁ……っん」
ハマダラ蚊女とともに、綾乃は切なげな声を漏らして身体を痙攣させると、
麻酔薬を送り込むために綾乃の首筋に突き立てられたハマダラ蚊女の針管が微かに赤みを帯びる。
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