ハマダラカ女5
孫作様 作
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保育園の周りを一周して中の様子を窺ったなるみ。
「特に変わった様子はないみたいね。こたろう君がここの園児か確認して帰ろっと」
門の横にある戸口から園内に入り、明かりの灯る部屋の扉をノックした。
「すみません、少しお伺いしたいことがあるのですが」
部屋の中にいた三人の保母がなるみの方を見やり笑顔を見せる。
「はい、何でしょうか?」
その眼は冷たくなるみを歓迎しているようには見えなかった。
「あっ、あなた、昼間お会いした…ここの保母さんだったんですか」
「えっ? 婦警さん?  私服だと雰囲気が違って気がつきませんでした。
 立ち話も何ですか、どうぞこちらに」
昼間会った保母が部屋の隅に設けられた応接になるみ招き入れると、後の二人は慌しく部屋を出て行く。
「婦警さんがこんな時間にどういったご用件でしょう?」
変わらず笑顔だけは絶やさない保母。
「いえ、たいした事ではないのですが、こちらに『みやもとこたろう』君という園児はいますか?」
名前を聞いた保母は笑顔を崩さず返答する。
「宮元虎太郎君なら私のクラスの園児ですが、どうかしましたか?」
なるみと保母が話をはじめて直ぐ、部屋を出ていった保母の一人が戻り
彼女に何かを耳打ちされると小さく頷いていた。
「すみません、婦警さん。 園長が是非、お話したいと申しておりまして、宜しいでしょうか?」
「えっ? 今日は虎太郎君がこちらの園児かを確認しにきただけですから…」
この件に関して上司に何も報告していないなるみ。
話が大きくなることを恐れ園長に会うことを断ろうとしたが。
「その虎太郎君のことで婦警さんに相談に乗って頂きたいと園長が申しております。
 すみませんが、園長室のほうに。 どうぞこちらに」
応対していた保母が立ち上がり、応接の扉を開けるとなるみを促す。
結局、断る理由が思いつかず、なるみは促されるまま部屋を出て園長室に向かった。

「園長、警察の方をご案内致しました」
ノックをして扉を開けた保母がなるみを部屋に招き入れ、彼女に気付かれないよう鍵を閉めた。
中には三人の保母が立っており、部屋の奥にあるデスクの椅子が反対を向いていた。
「はじめまして婦警さん。 園長のハマダラ蚊女と申します」
「あっ、はじめまして、私は森田なるみと申します。私にお話があるとお聞き……
 はぁ? はまだらかおんな?」
「ええ、時間がないので単刀直入に聞くけど、私の可愛い『モスキートチルドレン』を
 何処に連れて行ったのか話なさい」
「へぇ? もすきーとちるどれん?」
クルリと椅子を回転させて姿を見せたハマダラ蚊女が羽根を広げてフワリと机を飛び越えると
なるみの目の前にゆっくりと着地した。
作り物とは思えないリアルな身体と背中に生えた羽根で宙に浮き軽々と机を飛び越えてきた姿に驚き
口を押さえて後ずさりしたが、四人の保母が彼女の逃げ道を塞ぐように背後に並んで立っていた。
「なるみさんって言いましたっけ、私の『モスキートチルドレン』を何処に連れて行ったの?」
「あ……」
突然の出来事に言葉がでないなるみの頬をハマダラ蚊女の平手が往復する。
「言いなさい!! 私の『モスキートチルドレン』を何処に連れて行ったの!!」
「そ、そんなの知りません。 それより、あなた、何なのよ。 悪ふざけもいい加減に」
震える声で虚勢を張るなるみ。
「ふざけてないわよ。 どう? この躯、素敵でしょう」
なるみの前でクルリと回ってみせるハマダラ蚊女。
「あなたたちもホントの姿を婦警さんにみせておあげなさい」
言葉と一緒に羽根を動かし『羽音』を奏でたハマダラ蚊女。
「「「「かしこまりました、ハマダラ蚊女様」」」」
無表情で立っていた保母たちが妖艶に微笑むと、ハマダラ蚊女の命令に従い
彼女から与えられた姿へと変貌する。



「う、う、うそよ……こんなこと…こんなことあるわけ……イヤァァァァァ」
自分を囲むように立っていた保母たちにハマダラ蚊女と同じ羽根がと爪が生える光景を目の当たりに
したなるみは半狂乱になり長い髪を振り乱し首を左右に振る。
「まちがいよ…なにかのまちがいよ……こんなこと…こんなこと…あるわけないじゃない……」
ガタガタと振るえ現実から逃れようとするなるみの顔を両手で押さえ
「夢じゃないのよ。 私はハマダラ蚊女、SSBのエージェント。 この四人は私の下僕。
 なるみさん、悪いようにはしないから、私の大切な子を何処に連れて行ったのか教えて下さらない?」
「し、しりません…わ、わたし、しりません……」
涙を流し首を左右に振るなるみ。
「あなた死にたいの? 昼間、もう一人の婦警と園児を保護したでしょう。
 素直に話せば悪いようにはしないから……ね、どこに居るのかお話なさい」
「ほ、ほんとに、ほんとにしらないんです……あの子は…美樹が…美樹がどこかに…」
怯えるなるみの眼をじっと見つめるハマダラ蚊女。
「仕方ないわね」
その一言でなるみの恐怖心は頂点に達した。
「い、いや、たすけて、たすけてください、なんでもいうことをききます…ですから…」
腕を組み冷たい瞳でなるみを見下しているハマダラ蚊女が
「そうね、組織に属する人間が行方不明になるのはよろしくないわね」
「絶対誰にも話しません、ここで見たことも全て忘れます」
懸命に命乞いをするなるみに邪悪な微笑みを浮かべ答えるハマダラ蚊女。
「忘れる必要はないわ」
そのままなるみを優しく抱擁すると長い爪で彼女の首筋になぞった。
「あっ…あぁぁぁ…」
恍惚の表情で抱きしめられるなるみ。
「私の存在を心に刻みなさい。 あなたには私が必要、あなたは私に仕える為に存在するのよ。
 その為には生まれ変わる必要があるの、相応しい姿にね♪」
「…うまれ……かわる…」
「そう、あなたも私の下僕になるの、彼女たちと同じ蚊女にね」
「…下僕…わたしは蚊女…ハマダラ蚊女様の下僕……」
なるみの瞳からは輝きが失せ、淫靡な微笑みを浮かべている。
「…アフゥ……キモチイイ……」

「ホントに『モスキートチルドレン』が何処に運ばれたのか知らないのね」
「申し訳ございません、ハマダラ蚊女様。 昼間の園児『モスキートチルドレン』は
 来栖美樹がアキと言う女性の元に運び込んだと聞いています」
蚊女の姿をしたなるみが人形のように佇みハマダラ蚊女の質問に素直に答えていた。
「そう、それじゃあ美樹さんに直接聞くしかないようね。なるみとあなた、一緒に来なさい。
 そろそろ機材が届く頃だから、あなたたちは受け入れる準備をしていなさい」
そう告げるとなるみと園児を受持っていた保母を連れて保育園を後にした。


「こんな事って……許されることなの」
「でも、虎太郎君から採取した細胞を分析した結果、人間の遺伝子ともう一つ別の生き物の遺伝子
 そして、謎の細胞。虎太郎君の女の子の変えつつある原因はこの細胞の仕業じゃないかな」
美樹が差し入れで持ってきたコンビニおにぎりにかじりつき分析結果を説明するアキ。
「ちなみに別の生き物の遺伝子は『蚊』じゃないか。私が作った遺伝子データベースで検索した結果
 合致はしてませんが非常に似ていますから。ってことで、虎太郎君は改造人間じゃないかと」
「アキ!! あなたの検査方法がおかしいのよ。もう一度」
「3回。 私も信じられなくて3回も検査をやり直したんです。 すべて同じ結果でした」
沈黙した二人が台の上で丸くなりスヤスヤと眠る『モスキートチルドレン』を見つめていると
入り口の扉が開きなるみが姿を現した。
「どうしたのよ美樹、暗い顔して」
保育園を出てすぐ、なるみは美樹の携帯に電話を掛けて場所を聞き出していた。
なるみの後に続いて、安和木美奈子と保母も部屋に入ってくる。
「ん? なるみ、そちらの方たちは?」
明かりが少なく薄暗い為、入ってきた三人の顔ははっきりと見えないが声の主はなるみに間違いない。
「こちらは保育園の保母さんで私の新しい同僚、こちらは園長の安和木美奈子さま。私のご主人様よ」
歩を進めて近づいてくる三人。なるみの意味不明な言葉が理解できなかった美樹もなるみの
意志の光を失った瞳と冷たい表情を見た瞬間、彼女の身に何かあったということが理解できた。
「なるみ……どうしたの……」
眉をひそめてアキの手を取り後ずさる美樹に。
「来栖美樹さん、私の可愛い『モスキートチルドレン』を返して貰えないかしら?」
安和木美奈子の姿からハマダラ蚊女に変貌して立ち止まると、羽根を振動させて『羽音』を奏で
なるみと保母を蚊女の姿に変えた。
「そ、そんな、うそ…でしょう」
目の前に居る怪物とその怪物に似た姿に変貌した同僚に愕然とする美樹。
「す、凄い…」
それとは逆に目の前に居る改造人間に感動と興味を抱くアキ。



「私はSSBのハマダラ蚊女。 素直にその子を渡しなさい」
「嫌です。この子は私に助けを求めてきたのよ。 あなたのような化け物に渡すわけ…」
背後の台の上で眠る園児を抱き上げようと振り返る美樹だったが
すでに園児はアキに抱き抱えられていた。
「アキ、その子と一緒に逃げて!!」
アキと園児をかばうようにハマダラ蚊女の方に向き直った美樹の横を駆け抜けたアキ。しかし
彼女はハマダラ蚊女の元に駆け寄り、抱いていた園児を差し出していた。
「ア、アキ、何してるの、その子を渡しちゃ」
「先輩ゴメン、私、私……。 ハマダラ蚊女様、この子をお返しします」
「ありがとう、どういうことのかしら? あなた、何を企んでいるの?」
園児を受け取り、蚊女となった保母に託すと腕を組んでアキを見やる。
「た、企みなんてありません。私は、私はただ…
 人間をこのような素晴らしい姿に変えることができる組織で働いてみたいと…」
「ふぅん、あなた、SSBの一員になりたいんだ。」
「は、はい」
「どっちみち、あなたと美樹さんをこのまま帰すつもりはないの。
 ここで命を奪われるか、この人たちと同じように蚊女になって私の下僕になるか…」
「私を、私を蚊女に、ハマダラ蚊女様の下僕にして下さい。お願いします」
「アキ、あなた自分が何を言ってるのか……私はイヤ、死ぬのも化け物になるのも絶対にイヤよ!!」
後輩の正気とは思えない発言。ハマダラ蚊女の言葉。普通では考えられない事態に体が勝手に反応した美樹は
なるみたちが入ってきた扉とは別の扉に向かって走り出していた。
「往生際の悪い人…」
ハマダラ蚊女がなるみに目配せすると、難なく美樹を捕縛して彼女の前に連れ戻ってきた。
「やめて、放して、触らないで化け物!!」
泣き叫び蚊女の束縛から逃れようとする美樹。
「次はあなたの番よ、来栖美樹さん」
いつの間にか、アキを抱きしめていたハマダラ蚊女が両手を広げアキを解放する。
輝きの失せた瞳をした無表情な顔をしたアキが美樹の方に振り返った。
「…私はハマダラ蚊女様の下僕…」
ハマダラ蚊女が奏でる『羽音』を感じたアキが小さく躯を痙攣させて蚊女の姿に変容していった。
「イヤ……イヤ、イヤ、イヤァァ!!」
首を左右に振り泣き叫ぶ美樹を優しく抱きしめるハマダラ蚊女。
「あなたも私の下僕になれた事ことを心から悦ぶことになるわよ…」
耳元で囁き彼女の首筋にそっと爪を這わせて『何か』を注ぎ込んだ。
「イヤァ…ァ…ア……アァァァ…ン…」
「ほら、だんだん気持ちよくなってきたでしょう」
「あ…あふぁ……とっても…いい気持ち…気持ちいいですぅ…ハマダラ蚊女さまぁ…はぅん…」
美樹の快楽に惚けた顔を確認したハマダラ蚊女が『羽音』を奏でる。
「ハァァァァァ…わたしの…わたしの躯が……わかります…わかりますぅ…
 美しい蚊女に変わっていくのがわかりますぅ…あ…あぁぁぁ………」

ハマダラ蚊女の腕の中で蚊女として覚醒した美樹が
背中に現れた2枚の羽根を広げると小さく後ろに飛び跳ねて、
並んで立っている三人の蚊女たちに加わるように列の端に着地した。


保育園に戻ったハマダラ蚊女の前に蚊女となった者たちが整列している。
「少々、アクシデントもあったけど予定通り、この保育園を血液採集基地兼実験場として稼動します。
 すべてはSSBのために」
「「はい、ハマダラ蚊女様。 すべてはSSBのために」」

END
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