ハマダラカ女6
妄想狐様 作
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 翌日、SSBの血液採取基地兼実験場として稼動を始めた「あけち幼稚園」。
そしてこの日が本格稼動初日ということもありエイミーが視察に訪れていた。
保育園施設の地下、極秘裏に建設されたSSB基地の中央ホールに男女を問わず『モスキートチルドレン』となった全ての園児とハマダラ蚊女の下僕となった保母達が整列していた。保母達も園児達も人間としての格好ではなく、未成熟なハマダラ蚊女とモスキートチルドレンとしての姿で立っている。その集団の先頭には、やや緊張した面持ちのハマダラ蚊女が立っていた。
「エイミー様、本日よりここをSSB血液採取基地兼実験場として稼動を開始します。全てはSSBの為に!」
ハマダラ蚊女に続いて集団から一斉に声が上がる、
「全てはSSBの為に!」
その様子に満足するエイミーが珍しく部下に優しい言葉をかけた。
「ふむ・・・良いではないか、ハマダラ蚊女よ。」
よもやエイミー直々に労いの言葉をかけられるとは思っていなかったハマダラ蚊女は一瞬硬直した後、背中に鋼鉄の柱でも突き入れられたかのように直立不動になってエイミーに答える。
「ハッ、ありがというございます。エイミー様。」
それだけを答えるのが精一杯のハマダラ蚊女、そんなハマダラ蚊女を一瞥するとエイミーの視線はその後ろに控える集団に移った。
「ふんっ、入れ物は良いが問題は中身だ・・・血液採取は良いとして、実験場としての内容が問題だな。」
独り言のように呟くエイミー、
「そういえば・・・被検サンプルが届いていなかったな、ハマダラ蚊女よ。なにかアクシデントでもあったのか?」
「はい、申し訳ございません。モスキートチルドレンの一体が逃走しまして、その事態収拾の為に遅れてしまいました。」
「事態は収拾できたのだな。」
氷のような冷たい視線でハマダラ蚊女を睨みながら尋ねるエイミー、その右手に握られた鞭のグリップをギュッと握りなおす。
「は、はい。事態は内密に収拾しました、関係者の口封じは完璧です。」
「それなら良い。」
エイミーは再びハマダラ蚊女の背後に控える集団へ視線をそらす。
「ん?あの者達は・・・保育園の関係者には見えぬが。」
保母達の列の横に並ぶ三人のハマダラ蚊女達に目が留まる。
「あれは昨日のアクシデントで私が下僕にした者達です。なるみ・アキ・美樹の三名です。お前たちこちらへ来なさい。」
ハマダラ蚊女に命令されその横に並ぶ三人、
「イレギュラーな存在だな・・・で?こいつらは元は何者なのだ。」
「なるみと美樹は警察官です、アキは遺伝子研究所の職員でモスキートチルドレンを解析していました。」
「なんだと、ハマダラ蚊女!もう警察機構にここの秘密がバレたのか。」
今度こそエイミーの鞭がしなりハマダラ蚊女の右の太股めがけて飛んでくる、
ハマダラ蚊女は甘んじてそれを受けた。
「うっ・・・申し訳ございませんエイミー様。」
上位者であるエイミーに対して反抗や抗弁は一切出来ない、というかハマダラ蚊女に改造された安和木美奈子の脳内にそのような思考は一切残されていなかった。
「なんということをしてくれたのだ、もうこの施設の事がバレてしまったではないか。このままでは私の計画が・・・それだけではない、SSBの今後の活動にも重大な支障が発生する恐れが・・・」
SSBもエイミーも別に警察機構を恐れてはいない、ただ単に“うっとおしい”
若しくは“退屈した時の遊び相手”程度にしか思っていなかった。邪魔者のX‐fixがしゃしゃり出て来るのは気に障っていたが、最近はそのX‐fixも圧倒的なSSBの戦力に押され気味だったので、SSBに内部では“邪魔者”から“ちょっとした刺激”程度へ扱いは格下げされつつあった。しかしエイミーは違う、無意識のうちに古巣であるX‐fixへの憎悪と軽蔑が湧き上がっていた、そして脳裏に神彌弥の顔が浮かぶ、無様に失敗した自分が蔑まれているような妄想に駆られ、完璧に頭に血が上る。苛立ちが頂点に達っしたエイミー、怒りに身体を震わせ何度も鞭でハマダラ蚊女を打ち伏せる。
「何故だ!何故もっと早く報告してこなかった!答えろ!」
繰り返し鞭がしなる、今度は左の太股に激しい痛みが走り苦痛に顔を歪ませる。
「くっ・・・申し訳ございませんエイミー様。」
強化改造されているハマダラ蚊女にとって鞭で打たれる程度のことは大したダメージにならない、だがSSBのエージェント・ハマダラ蚊女としてエイミーに叱責される事は見た目のダメージよりも精神的ダメージがはるかに大きかった。
「貴様・・・無能な者の末路は・・・分かっているな。」
冷徹なエイミーの視線がハマダラ蚊女を射抜く。
「そ、そんな・・・エイミー様。」
エイミーの気性からして、このまま無事に済むとは思えない。ハマダラ蚊女は自分が冷たい躯になる時が刻一刻と迫っていることを感じ取っていた。泣き崩れそうになりながらも必死に立っていた。
「エイミー様、お許しを。」
必死の懇願をするが恐らく徒労に終わるだろうとハマダラ蚊女は覚悟していた、
だがエイミーの口から出た言葉は予想を覆すものだった。
「しかしお前だけを責めるのは酷だな。」
「え?エイミー様。」
エイミーの意外な言葉にハッとして顔を上げるハマダラ蚊女。
「そもそも今回は私の薬が効かなかった所為でモスキートチルドレンが逃走したのだ、お前だけを責めるわけにはいくまい・・・」
冷静さを取り戻したエイミーは大きく深呼吸して落ち着くと一言呟いた。
「だが・・・二度目は無いぞ、ハマダラ蚊女よ。」
「ハイ、エイミー様。」
したたかに鞭で打ちつけられたハマダラ蚊女は、少しよろめきながらもなんとか直立不動の姿勢をとったなった。
「まぁ、済んでしまったものは仕方あるまい。しかし警察にモスキートチルドレンを見られたのは拙いな。所轄署ごと吹き飛ばすか、事情を知りえそうな人間共を根こそぎ始末するか・・・どちらにしろΩ・Θの手を借りねばならんか、
警察上層部までいっていたら神彌弥に頼むしかない・・・クソッ忌々しいが仕方ない・・・」
別にSSBでは一度や二度の失策では更迭されることはない、神彌弥もそんな事でエイミーをあざ笑うことも無い、だが人一倍プライドの高いエイミー自身が他人の力を頼ることが許せなかった。
「それについては大丈夫ですエイミー様、警察はこの件を一切知りません。」
意外にも口を開いたのはアキだった。
「うん?なんだおまえは、何故自我がある?」
不思議そうにアキを見るエイミー、横からハマダラ蚊女が説明する。
「遺伝子研究所で研究主任をしているアキです、自分から進んで私の下僕になったので深層洗脳しかしておりません。」



「なるほど・・・遺伝子研究所の主任なら使えるな。ところで何故警察がこの件を知っていないと言い切れるのだ?」
「美樹先輩から聞いたのですが、保護した時の状況と虎太郎の様子から独断で私の研究室に運び込んだそうです、だから警察上層部はこの件を知りません。」
アキの説明にホッとして冷静さを取り戻したエイミー、
「そうか、なら一安心だな。で?その逃走したモスキートチルドレンというのが
虎太郎というのだな。」
「はい、私の怪人化液を注入しても洗脳されませんでした。」
「怪人化はしたのだな、意識改変剤が効かなかったのか・・・半陰陽化はどうなった?」
「半陰陽化は確認しています。」
「それなら遺伝子特異者というわけでもないな。」
「はい、三回遺伝子精査しましたがヒト遺伝子に変異は見られませんでした。」
「したのか、遺伝子精査を?」
エイミーのアキを見る目が輝く、
「ハイ、エイミー様。ハマダラ蚊との遺伝子融合。強制性転換細胞も素晴らしい技術です。私はそれに感動してSSBに・・・」
うっとりとした羨望の眼差しでエイミーを見詰めるアキ。
「分かるのか?SSBの技術の素晴らしさが、お前には分かるのか、そうか。」
「人間をこんなにも高次な存在に変えることが出来るなんて、そして私もその存在に変えて頂けて。私、この技術をもっと昇華させたいです。」
道を外れた研究者同士なにか通じるところがあるのだろう、エイミーはSSBでは誰にも見せた事の無い優しい視線をアキに注ぐ。
「ふふっ、確かにこの状態では深層洗脳だけで十分だな。アキ、SSBの為に私の為にお前のその頭脳を使え。」
「はい、喜んで私の全てをSSBとエイミー様に捧げます。」
エイミーの前で跪いて答えるアキ。
「うむ、それにしてもその虎太郎というモスキートチルドレンも気になるな。こんな症状が度々出るのでは困る、原因を突き止めねばなるまい。」
「虎太郎の場合は、恐らくは私に対する怒り・憎しみ・反抗心で自我を保ったのではないでしょうか?」
「そうか、それならば方法があるな。」
「どのようにして・・・もう一度意識改変剤を注入しましょうか?」
ハマダラ蚊女が指先を鋭く伸ばす。
「いや、それでは何度やっても同じ事だ。それよりももっと確実で良い方法がある。」
「どのようにすれば宜しいのですか?」
指先を元に戻しながらハマダラ蚊女が尋ねる。
「ふっ、簡単な事だ。敵の敵は味方・・・という言葉があるだろう。」
「はぁ・・・」
突然の事にエイミーの意図が読めないハマダラ蚊女。
「お前を憎んで洗脳が効かないのであればお前以外を憎むように仕向ければよいのだ。」
「ということは、SSBの敵に虎太郎の憎悪を向けるのですね。」
「そうだ、その敵とは無論邪魔者のX‐fixだ。奴等もまさかこの幼い男の子が自分たちを牙を剥いて来るとは思うまい、自分達を守る為とはいえ虎太郎を傷つければ、それ以上に奴等の心が傷付く。」
悪魔のような、いや悪魔以上の理論を展開するエイミー。
「しかしそうなると問題があるな・・・私はここで採取された血液資源からの新薬開発で忙しい、虎太郎の再洗脳もある、そうなると折角の実験場設備も遊ばせる事になるな。」
顎に手を当て、独り言のように呟くエイミー。少し悩んでから決断する。
「仕方ない、ハマダラ蚊女よこの基地の運営は貴様に任せよう。そしてSSBに血液資源を供給するのだ。」
「は、ありがたき幸せです。」
上位者であるエイミーに任務を任された事に無上の喜びを感じるハマダラ蚊女、
「それと・・・アキと言ったな。」
次にハマダラ蚊女の下僕となったアキに声を掛ける。
「はい、エイミー様。」
緊張した面持ちでそれに答えるアキ。
「貴様は見所がある、この実験場を任せてやろう。」
「あぁ、ありがというございます、エイミー様。」
ハマダラ蚊女以上の喜びを感じるアキ、興奮したのか未発達な胸の副腕がワラワラと動いている。
「お前はモスキート・アキと名乗るがいい。」
「モスキート・アキ・・・素晴らしい名前まで頂戴して、きっとエイミー様のご期待に沿います。」
複眼を煌かせエイミーに誓うアキ、その心に人間の良心や倫理というモノは既に欠片も残ってはいなかった。今のアキにとっては主人であるハマダラ蚊女とその上位者であるエイミー、そしてSSBが全てだった。
「さて、なるみと美樹だったな、折角入った面白い手駒だ、この活用方法も考えねばなるまい。」
次にエイミーはなるみと美樹の二人に視線を移した。
「お前達はこれからも婦警として今まで通り行動せよ、任務は警察内部での情報収集と撹乱、隠蔽だ。それとSSBを嗅ぎ回る物がいれば即刻処分しろ。」
「はい、かしこまりました。エイミー様。」
元警察官らしくキリッと敬礼するなるみと美樹、



「うむ、それでは私は本部の研究室の戻る。ハマダラ蚊女、後は頼むぞ。」
そう言って最後に声を掛けるとエイミーは靴音を響かせながら中央ホールから退出していった。
エイミーの後姿を見送るハマダラ蚊女達、
「それではハマダラ蚊女様、行ってまいります。」
任務を与えられた二人は澱んだ光を瞳に浮かべて、嬉しそうに微笑むと人間の姿に変身して階段を上り警察署へ出勤していった。
「良かったわね、モスキート・アキ。」
なるみ達の姿が見えなくなってから、ハマダラ蚊女がアキに声を掛けた。
「ハマダラ蚊女様、出すぎた真似をして申し訳ありません。」
「いいのよ、下僕である貴方がエイミー様に認められるのは私にとっても嬉しい事よ。全てはSSBの為、私達はSSBとエイミー様の為に存在しているのだから。」
これはSSBの意識改変剤を投与された者全ての共通認識だった。
「ありがとうございます、ハマダラ蚊女様。」
「それでは早速始めましょう、アヤノ達はモスキートチルドレンから血液採取よ。」
ハマダラ蚊女は下僕となっている四人の元保母達に指示を下す。
「はい、ハマダラ蚊女様。」
保母達は命令通りにモスキートチルドレン達の首筋に長く伸ばした爪を突き立てて、順番に血を吸い取っていく。
アヤノ達はモスキートチルドレンからの血液採取が滞りなく終了した事をハマダラ蚊女に報告し、自分達が濃縮した血液資源を回収室で回収容器に保存した。
 そのことを確認したハマダラ蚊女は園児全員を普段通りの生活に戻すと自分も人間の姿に変身してアキを連れて保育園の園長室に戻った。
「さぁ、アキ。これからどうしようか?」
「ハマダラ蚊女様、」
「駄目よ、アキ。この姿をしているときの私は安和木美奈子よ。美奈子さんか園長って呼んでね。」
「失礼しました、それでは美奈子さんと呼ばせていただきます。」
「それで良いわ、で?これからどうするの?」
昨日運び込ませた重厚な木製の執務机に頬杖を付いて、美奈子はアキに尋ねた。
「出来れば私の部下になる人材が欲しいですね。私一人ではこの施設の機材を生かしきれませんから。」
「あてはあるの?」
「はい、私の勤めていた研究所の所員で賄おうと思います。」
「その研究所の人数は総勢で何人?」
「所長の須藤教授は学会で出張中です、研究所員は私を除いて全部で15名そのうち女性が二名です。」
アキが報告する、
「ふぅん、結構少人数なのね・・・で?何人部下に欲しいの。」
「建前は少数精鋭ということですが、知識・技術共に精鋭と言えるのは二人だけで、あとのはどうにもならないカスばっかりです。」
吐き捨てるように答えるアキ、
「そう、それくらいなら私一人で十分ね、それなら早速行きましょう。」
ハマダラ蚊女はゆっくりと立ち上がり、アキを引き連れ研究所に向かった。

To be continued...
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