ハマダラカ女3
Enne様 作
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ヴンヴンヴン
園児室に響く微細な音を”聴く”ものは誰もいない
しかし室内にいる子供たち
そして室内に集合した保母たち
いや今はハマダラ蚊女の忠実な下僕たちの脳内は
その音色ひといろに染まりきっている

ハマダラ蚊女 安和木美奈子は満足げにうっとりと子供たちの顔を見渡した
彼女が作り出した下僕たちが彼女の能力をそのまま受け継いでくれなかったのは
少しの落胆とそして選ばれた者の密かな愉悦をもたらしたが、作戦遂行には少々不都合ではあった

何より問題なのは「下僕たち」に羽が生えなかった点だ
『エイミー様、申し訳ございません、わたくしの能力が劣っているためでしょうか
下僕を変身させて見ましたが、羽が生えないのです、その為、催眠能力が使用できません』
アジトに現れたエイミーの前にハマダラ蚊女は拝跪する
『……些細な問題だ、ハマダラ蚊女、お前の忠実な手足が生まれた、違いはあるまい?』
エイミーがいらだたしげに会話を切り上げる、
上位者の指令は絶対、今の彼女にはエイミーの言葉が全て

『はっ、申し訳ございません、任務に専念いたします』

だから、もうひとつの気がかりを美奈子、いや、もう彼女はハマダラ蚊女
そう、ハマダラ蚊女はせっかくの機会だったのにエイミーに聞きただす事が出来なかった

『…もう「血」を、暖かい、喉を、渇きを、そうわたしを満たす「あれ」で身体を満たしたのに…』

何かが、ハマダラ蚊女の意識の背中を突付くのだ

『組織のために…、私を創ってくださったS.S.B.の為に「血」を、それから「殖える事」』

全て順調、そして命令に従う喜びそれがハマダラ蚊女に疼くほどの幸福感を与えてくれているのに

『何か…足りない、何か…、何? 何をしたいの? 何をしなければならないの??』


「ハマダラ蚊女さま!」
彼女の下僕、最も早く彼女の手に落ちて今は下僕たちの束ねのようになっている 道上 綾乃
今は『アヤノ』と呼ばれる彼女の忠実な下僕が美奈子、いやハマダラ蚊女の傍らに立つ
「子供たちの催眠は完了です、モニターにも子供達全員のフラットな波形が出ております」
「そう、私の声を皆受け入れてくれているのね?」
「はっ」
「いい子達、子供はやはり可愛いわね、アヤノ判っている?あなたの使命は?」
「子供たちの健康と安全に絶えず注意を払い、親御さんたちに悟られず、そして
 素直でよい子達を守ること。S.S.B.の全てを受け入れる素直な、健康な子達を守る事です」
「そうね、そして愛情をもって接しなさい。この子達は大事な資源なのだから」
「はっ」アヤノが片膝を付きハマダラ蚊女に敬意を示す



アヤノの姿は既に変身を終えている
与えられていた『知識』では、下僕は彼女と同じ身体になるはずだったのだが
彼女に似たゴーグル状の複眼はそのままだが、髪を押さえるヘッドバンド状の帯が
マスクに似るまでに幅広く顔半分以上を覆っていてアヤノから表情を奪っている

そして、胸から生えた副腕も彼女のそれに比べれば未発達
自分こそが選ばれたものと、下僕達のその姿はハマダラカ女のどこかをくすぐるのだが
エイミーとの面接のとき、聞きそびれた違和感とどこかでそれは繋がっていて
彼女の背中を突付くのだった

そして、数刻後、『優しい先生達』に温かい血液を捧げた子供たちがニコニコと手を振って
園舎をはなれた後、密かに設けられたS.S.B.のアジトにはハマダラカ女と
彼女の忠実な下僕たちが集合し、彼女たちの両胸の下、彼女たちの豊かな胸の下側に隠された
接続孔に、回収ノズルを受け入れていた

計画の第一歩、その成果が問われる時が来たのだ

『これで、計画は完了ね、ハマダラカ女の下僕どもが、きちんと形質発現しなかったのは…
 くっ、改造遺伝子の安定には改良が必要…、いいわ、誰にも知られるわけじゃない
 改造装置自体は完璧に作動したんだから…くぅ、もう、もう失敗などしない
 いいえ、この私は同じ失敗など……』

回収室に集合したハマダラカ女達を、強化ガラスで仕切られた観察室から眺めるエイミー

自身、洗脳改造を受け幹部となった彼女には、若干の焦りが無くは無い

人材確保の手段として洗脳・改造を常とするS.S.B.には新参者や被洗脳による転向者を
差別しようとする物などいない

いないのだが、洗脳の結果か、攻撃的な性格を前面に引き出されたエイミーとしては
生化学者としての実力を早く示したい

そんな中でこの改造装置の建造をスタートし、ついに、実用にまで漕ぎ付けたとあっては
作戦の完遂を副官である官子などに任せているわけには行かないのだった

高まるエイミーの期待と興奮はしかし
「そう、いよいよ作戦完了ってことね」
背後から掛けられた柔らかな声で破られた

「…っ!」
振り向きざま片手の鞭を片手のスナップだけで声に向かって飛ばそうとして
それを自制できたのは、改造による反射伝達の強化によるものか
そして、すぐさま降ろされた鞭を見ようともせず
口元のヴェールの影からにこやかに微笑むのは

「神彌弥!何時ここに、ここは、私の管轄…」
言い募ろうとしたエイミーの抗議は
「ごめんなさいね、エイミー、次世代型強化人間の運用試験が行われるって聴いたものだから」
さらりと謝罪の言葉と優雅な礼までされてしまってはもうそれ以上続けられよう筈も無かった

ライバルになるかもしれない先輩幹部というだけの理由なのか
それ以外の理由があるのか、自覚できないまま、エイミーは神彌弥を敬遠している

『総統の懐刀ってポジションも気に入らないけれど…、なんだかこいつには、いらいらする』
理由のわからないことの不安がますます彼女を不機嫌にするのだが
そんなエイミーの葛藤になど気付かぬ気に
神彌弥は、むしろエイミーに好意的な姿勢を見せる
それがまたエイミーの苛立ちを募らせる

「っ、まあいいわ、もう試験運用の最終段階、ハマダラ蚊女とその下僕どもの体内で生成される
 特殊血清、これがこれからの強化人間製造を支えるのっ」
「素敵ね、それに今回の改造装置、洗脳と改造を一挙に済ませるのねぇ、早く私の方にも…」
「判っているっ、ハマダラ蚊女の運用テストが終了したら、総統の御裁下も頂けるわっ」

エイミーの口調に何かを感じたのか神彌弥は黙って微笑むと
先刻までエイミーが見つめていた観察窓の方に向き直る

そして回収室では、今まさに回収ノズルを受け入れたハマダラ蚊女達から
特殊血清が回収されようとしていた



ノズルに連なる透明なチューブから赤と呼ぶにはあまりにも神々しい色の
そう、真紅の流れが、回収装置に向かって走り出す

...To be continued


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